第10話

…いないじゃないか。








呼べと言ったくせに。








そう思って一瞬迷ったが、辺りを見回すとそっと足を踏み出した。







いつ以来だろうか。







どこかを一人で歩くのなんて。







別にやる事も用もないから宛もなく歩き出して、ただ目に飛び込んでくる見慣れない物を見遣る。







真新しい城の内装に、あり得ないほど敷き詰められた畳。







豪勢な装飾。







そして梅雨だというのに晴れ渡り、雲一つない青空。









どれもこれも…美しいとは思えないが。








それは…間違いなく色を失っている私の心の所為せい









そんなことを思っていると、ふと誰かと肩が触れそうになって、道を譲って小さく頭を下げる。






すると相手も会釈だけして、そのまま立ち去っていった。






時々擦れ違う人は、互いに会釈をして擦れ違う。






ただそれだけ。







もはや誰かなんて、皆気にしていない。







それくらい、ここ聚楽第は日ノ本中の武家の人間が出入りしているわけで。







誰もここにいる私のことを、この間負けた島津の人間だとは思ってもいないのだろう。



 






豊臣に目をつけられ、身内同士で潰し合うことを望まれている…憐れな島津の後継者、などとは。








ここは自分のことを知らない者ばかりだと思うと。







その背負う名から一時だけでも開放されたような錯覚に陥る。




 





己が、何者でもない気がして。










どこか少しだけ…心が軽くなった気がしてふらふらと聚楽第を歩いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る