第9話
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京へ上る道中。
5月25日付けの朱印状で、私は日向国の
何度考えたが、やはり答えは変わらない。
…欲しくなどなかった。
領地など、そんなもの…微塵も。
「若、お着替えが済まれましたらお呼びくださいませ。外に控えております故」
「…あぁ」
適当に返事をして、溜め息と共に無駄に豪勢な装飾があしらわれている天井を見上げる。
聚楽第。
その豪華さは、豊臣の権勢を見せつけるかのように。
旅の装いから武士の正装である直垂に着替えていた手をふと止めて、ずっと頭から離れないことにまた
この心は…相反する二つの心に支配されている…と。
そのひとつは、純粋に島津を守りたいという心。
確かに先の戦で死んでいった家臣が残してくれたこの島津を守る為なら、何だってしたいと思う。
戦にすら出してもらえなかったこの身が皆の役に立つのなら、喜んで人質になろうと思った。
だけどもうひとつ。
その半分では。
————————全てから逃れてしまいたい。
まるで永遠に冬のような、この世界から色を奪った…島津の跡取りというこの重圧から。
そこまで考えて手を再び動かし、ふ…と自嘲する。
…誰もわかってはくれないだろうな。
私のこんな気持ちなど。
領地を安堵されてからというもの…逃れたい方が己の中で勝ってきている。
それは素直に認めてしまおうと思う。
…逃れたくて堪らなかったのに、逆に逃れられなくなったではないか。
島津の後継者という抗えぬ物から。
そもそも、義久叔父上に三州を安堵せず、弟の父上に大隅と日向、そして日向の一部を惣領の私に振り分けるなど…。
豊臣のやりたい事はただひとつ。
—————わざと領地を分断して与え、それを奪い合わせ…そして互いに潰し合わせる気だ。
義久叔父上と、父上と、そして…跡取りの私とで。
親子兄弟で互いに潰し合ってくれたら、豊臣としては楽なことこの上ない。
そしてそれを理由に取り潰してしまえばいいのだから。
一筋縄ではいかない、この島津を。
—————この
そう思って深い溜め息を吐く。
半分はこういう面倒なことから気持ちだけでも逃れるために上洛を申し出たのに。
…完全に裏目に出た。
仮に潰し合ったとして、その後の殺伐とした島津の家督を誰が継ぐ?
…他の誰でもない。
—————————この私ではないか。
ぶつけようのない苛立ちと焦燥感を押さえ込むように直垂の帯をきつく締める。
何度着ても、堅苦しくて好きになれない。
明日の秀吉への上洛の挨拶の謁見では、侍烏帽子までつけなければならないとなると…ただ憂鬱で。
ふと手に取った懐剣に、金字であしらわれている島津の家紋を見つめる。
自分の生まれ落ちた境遇が…ただ…恐ろしいと思う。
それを閉じ込めるように家紋を隠し腰に差すと、外で控えているはずの忠継を呼ぼうと思ってそっと戸を開いた。
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