第2話

「…だからって…兄上まで人質になる必要はないはずです」









ぽつりと呟いた忠恒は床に着いたままのその両手をぎゅっと握る。






 



「…父上がここで最後の最後まで抵抗してしまったのだから仕方ないだろう。その降伏の証として嫡男を差し出すのはこの戦乱の世の習いだ。むしろそうしなければ、降伏したとは認められない」









己の事なのに、どこか他人事のように言った言葉だと自分でも思う。



 




いつも、こう。






私は。






自分が自分ではないかのよう。










「ですが…!」








抗う忠恒は、無意識に語気を強めた己に驚いたかのように息を呑んでそこで一度言葉を切る。







そして言葉を選ぶように続けた。



















「……ですが…すでに当主である義久叔父上の御息女が数日前に京へ発たれているはずです。




——————島津宗家からの人質として…」




















その言葉に、幼い頃に会ったきりで顔も覚えていない従姉妹いとこの事をどうしてか…憐れに思う。









女の身で人質など。







憐れな姫だと。



 







「……それなのに…いくら義久叔父上の弟である父上が最後まで籠城していたからと言って…その嫡男の兄上まで人質に出せと言ってくるかどうか…わからないではないですか」









消え入りそうな声で呟いた忠恒は俯く。








確かに、島津家において誰よりも高貴な姫が上洛した。






それは大きな事だと思う。








でも。










「…言ってくる。…間違いなく」









言い切って、忠恒から視線を外す。







そして晴れ渡る空を背に遠く聳える霧島連山を見つめた。











「…宗家の姫は所詮は女の身。つまりはその場しのぎに過ぎない人質。どちらにせよいずれは惣領を寄越せと言ってくるだろう。…完全に服従させるためにな」







惣領とは、家督を継ぐ…後継者。







まだいつかはわからないが、それは他の誰でもなく己一人だというのに。







やはり全て…他人事のよう。














「…ならば」










静かに呟いて、目に焼き付ける。



 




生まれ育った愛しいこの地の風景を。







さぁ、見納めだと…己の心に告げた。























「言われる前にこちらから願い出てやろうじゃないか。



————島津を守る為なら私は何だってしよう」

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