第一章〜人質〜
第1話
「本気で仰っているのですか…?」
その強い言葉を背中で聞きながら、遠くで豊臣の五三の桐紋の家紋がばらばらと
九州の霧島連山に守られたこの場所に、遥か遠い地からやって来た余所者の豊臣の家紋が無数に靡いているのに目を細めた。
最後に目に焼き付けておこうと思って登った物見櫓から、この生まれ育った愛しい地の景色を一人で眺めていると。
追ってきた弟にそう声をかけられて今に至る。
豊かな緑の中にぽつりぽつりと
まるで生まれ育ったこの美しい里が汚されるようで。
…ただただ…耐え難いと思った。
「兄上…!」
「……もう決めたことだ」
有無を言わさずただそう吐き捨てると、忠恒は息を呑む。
「…でしたら俺が京へ行きます。兄上の代わりに…!」
思わぬ弟の言葉を聞きながら、そっと目を伏せる。
「兄上はゆくゆくは宗家の家督を継がれる身…!島津には絶対に必要です…!三男の俺なんて別にどうでもいいですから!!」
そんなことを元服したばかりの若干12歳の弟に言わせてしまうこの戦乱の世が、心から疎ましいと思う。
…つくづく嫌になる。
「兄上!!御考え直しを…!」
「……忠恒」
悲痛なその叫びを、その名を呼んで制する。
静かに振り返ると、足元に平伏していたその顔がそっと上がる。
泣きそうな顔をしている弟に、小さく微笑んだ。
「…………ありがとうな」
その言葉に、忠恒の瞳が静かに揺れた。
「…島津は豊臣に負けた。それだけだ。この籠城は何の意味もない。明日父上も降伏し、この城も開城することになっている」
瞳を揺らしながらもそらすことなく私を見てくる弟に、ただ目の前に転がる現実だけを突きつけた。
「——————これは島津が生き残る為だ」
戦のあとの荒れ果てた地から吹き抜けた5月の薫風に、この城に掲げられている島津の幟が音を立てて靡いた。
敗北し消え入りそうな我ら島津家の息吹を、奮い立たせるかのように。
「…だから私が降伏の証に上洛すると、そう父上に願い出る。
————島津が生き残るにはそれしかないんだ」
九州征伐に、島津は負けた。
島津宗家の当主である叔父の島津義久は先の5月8日に薩摩の泰平寺で出家し、豊臣に降伏した。
…にも関わらず、我が父だけは最後まで豊臣に抗った。
薩摩と日向の国境に鎮座する…我ら兄弟が育った、この真幸院の飯野城で。
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