第79話

ソファや壁を伝ったり、床を這ったりしてどうにか辿り着いたキッチンの遠さをこんなにも呪った事はない。


手当たり次第に棚を引き出し、やっと見つけたグラスに水をなみなみと注ぐ。



それを傷んでいるであろう喉へと躊躇なく流し込んだ。




「ハァ…ハァ……。」



一気に飲み干し、空になったグラスを置く。


不意に視線を留めたのは、グラスを握る自らの左手薬指で輝く指環だった。



憎いその存在にぐしゃりと顔が崩れる。


双子に飼われている証明書代わりの指環が無駄に美しくて、癇癪を起しそうになる。



そう云う所も、あの双子の様だと想ってしまったのだ。


憎くて恨めしいのに、端麗に映ってしまう指環が、綴と語と重なってしまったのだ。




「痛い。痛い。痛い。痛い!!!」



望んでない情事。


求めていない淫行。


嬉しくない愛撫。



何一つ心が欲していないのに、こんなにも痛みを伴って躰に爪痕を残している。




「怒らせない様にしなくちゃ。もう躾されないようにしなくちゃ。何がいけなかった?何が駄目だったの?何が二人を怒らせた?」



シンクに身を預けて俯いた私は、つい昨日の自分の行いを回顧した。

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