第56話
何事もなかった事にしよう。
それから、私は何も見なかった。何も感じなかった。そう思い込もう。
グルグルと脳内を回る厭な思考に顔を顰めた時だった。
自分の顔が誰かの胸に衝突して、その反動で躰が後ろへと倒れた。
盛大に床の上にこける。
相当痛いであろう自分の悲惨な光景が目に浮かんだけれど、それが現実になる事はなかった。
「ごめんね、大丈夫?」
その代わりに腕を強く引っ張られたと同時に、視界には知らない顔が飛び込んできた。
目前の彼が私を救済してくれた事は火を見るよりも明らかで、私は慌てて自らの力で立ち直した。
「大丈夫。私の方こそごめんなさい。」
確実に今のは私の前方不注意が原因だ。
頭を下げようとしたけれど、相手の腕がそれを制する。
「やめて、頭を下げないで。僕が前を見ていなかったからいけないんだ。」
手を左右へ振って「謝らないで」と放つ長身の彼を見上げた私は、吃驚した。
どうしてか。それは、相手の容姿がひと際端整だったからと云う理由に尽きる。
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