第28話 銀色は遅れてやってくる
紡の全身に
その場にいる全ての人間が、弾かれたようにそちらに振り向く。
車からは、スーツを血みどろに染めた銀色の男——杏珠が現れた。
杏珠は紡の姿を見つけると、珍しく息を切らしながら紡のもとへと走ってきた。紡も目を丸くしながら、杏珠のもとへと駆け寄る。
「杏珠!」
「遅くなって、すみません。紡さん……! 無事、ですか?」
「私も玻璃も大丈夫。それより杏珠、傷だらけじゃない! 足も……!」
杏珠の顔は擦り傷だらけで血が滲み、スーツもボロボロ。そのうえ太股には、小型のナイフが突き刺さっていた。杏珠は紡に言われて、たった今気が付いたように「ああ」と言いながら、ナイフを引き抜いてその辺に捨てる。
「おれは何ともなかです」
「いや何ともなくはない! 指とか折られてない!? 千切れてない!? ちゃんと見せ……」
「まあまあ、紡。それにしてもアンちゃん、よくこの場所がわかったね?」
慌てる紡の肩を掴んだのは、杏珠が捨てたナイフで手早く拘束を切り落とした玻璃。玻璃は杏珠に首を傾げて見せるが、杏珠は玻璃の問いには沈黙を決め込み、代わりに紡が答えた。
「私のこの腕時計、杏珠から貰ったんだけど——GPSが仕込んである。だから杏珠がここに来れるだろうとは、私も思ってた」
「! ……紡さん、気付いとったとですか」
紡の発言に驚いて、微かに眉を顰めて見せる杏珠。紡は「うん」と頷いて杏珠の碧眼を真っ直ぐに見上げた。
「杏珠が言ったんでしょう。ヤクザに気を許すなって。だから、この腕時計。杏珠がただの励ましのために贈ってきたものだって、
紡の言葉に杏珠は目を大きく見開くと、小さく苦笑を零す。
「……信じてないとか、信じてるとか。何言っとるのかわからんです、紡さん」
そこで、杏珠は一つ瞬きをしていつもの無表情に戻ると、紡を自分の後ろへと引き寄せた。併せて、紡の背後から襲い掛かって来た半グレの一人を蹴り飛ばす。
さっきまで紡への恐怖で硬直状態だった半グレたちはようやく我に返ったようで、杏珠を睨みながらも、怯えたような声を上げる。
「し、銀木杏珠……何でてめぇが、こんな所に来やがる!? 俺たちの仲間は……」
「ああ、あの屑共」
杏珠は淡い碧眼を鋭く細めると、半グレたちに低く宣告する。
「地獄見せてやった。それで、今からは手前ェらが地獄を見る」
半グレたちから、慄くような声が上がる。紡は杏珠の背中に声を掛けようとするが、玻璃に腕を引かれて遮られた。
「紡。ここからは、俺たちは立ち入らない方がいい。
玻璃の言葉に同意して、杏珠も振り返らないまま頷く。
「銅本玻璃の言う通りです。紡さん。ここからは、おれに任せて外に出とってください」
「やだ。今の聞いた? 紡。おれ、アンちゃんに初めて名前呼ばれた!」
「せからしい。さっさと紡さん連れて、外に行け。クソガキ」
紡は玻璃に腕を引かれて廃工場の外に向かうが、それでも杏珠を振り返って、大きく声を張った。
「杏珠。手、怪我したら承知しない! 外で待ってるから。ずっと!」
杏珠はやはり振り返らないまま。しかし、いつもより軽やかな声で紡へと応えた。
「はい。すぐ行きます」
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