第22話 金木犀のもう一つの才能
共に曲作りを始めた紡と杏珠。作業を始めて数日経った二人は、サビのメロディの案をいくつか作り、それらを第三者——瑠璃に一度聴いてもらおうと、とあるカフェにて待ち合わせをしていた。
ちなみに玻璃は、ちょうど外せない大学の用事が入っていたらしく、朝から用事をすっぽかして紡たちに会おうとしていたところを、瑠璃が無理やりに大学へと送り出したらしい。
『俺も紡とアンちゃんに会いたかった……曲の案、後で俺にも送ってね? ぜったい!』
いくつもスマホに届く、玻璃の嘆きのメッセージに、紡は思わず苦笑を零した。
現在、紡と杏珠はすでにカフェのテラス席へと座り、瑠璃が来るのを待っている。瑠璃からの「もうすぐ着くよ!」というメッセージが送られてきて十分経つが、未だに瑠璃は姿を見せない。
先にコーヒーを頼んで飲んでいた二人であったが、もう既にカップの底が見えている。それに逸早く気付いた杏珠が席を立ちながら、紡に問いかけた。
「飲み物、注文いれてきます。紡さんもコーヒーでいいですか?」
「あ、私も行くよ」
「いえ。紡さんはここで待っとってください。銅本さんも、もうすぐいらっしゃるかもしれんし」
「確かに……うん、わかった。そうする。ありがとう、杏珠」
紡に杏珠は軽く頷いて見せると、注文のためにカフェの中へと入っていった。
杏珠がカフェの屋内へと入ってすぐ。紡の耳に、聞き慣れた強かな声が入って、紡は弾かれたように声が聞こえた方へと振り向く。
「ちょっ! 何です、あなたたち……離してください!」
カフェの隣にあるビルを跨いだ先。路地と思われる場所へと、明るい金色の長い髪が引きずり込まれ、その後を追うように二人の男がビルの陰に入っていくのが目に入った。
「瑠璃」
紡は大きく目を見開いて、ぽろりと瑠璃の名を口にする。その瞬間、テラス席を囲む柵を軽々と跳び越えてカフェを出ると、男たちと金色の髪が消えた路地に向かって一直線に走り出した。
路地の前まで来ると、紡は迷わずその薄暗い細道へと足を踏み入れる。すると、三人の男たちに囲まれる瑠璃の姿を見つけた。
「下手に出てれば、この……何調子乗ってんねん! クソチンピラが!」
「ああ!? 何だとこの
男の一人が瑠璃の腕を掴み、もう一人は瑠璃の長い金髪を乱暴に掴み上げた。瑠璃は痛みに美しい顔を歪めて、歯を食いしばっている。
その光景を目にした紡は、頭の中で何かが「ぶちり」と焼き切れる音を聞いた。
まず紡は、こちらに背を向け、瑠璃の髪を掴み上げている男に狙いを定める。音もなく、気配を消して男のすぐ後ろに忍び寄った紡は、男の股を思い切り蹴り上げた。
「ぐおっ!?」
男は並々ならぬ衝撃に目を剥いて、瑠璃の髪から手を離す。同時によろけた男の頭へと、紡はゴウと唸る回し蹴りを放ち、そのまま路地の壁面へと顔面を激突させた。男は壁面に赤い染みを引きながらずるずると崩れ落ちる。
「な、なん……があっ!」
瑠璃の腕を掴んでいた男は、突然のことに困惑したような声を漏らす。しかし、紡が舞を踊るように高速で回転跳びし、目にも留まらぬ回し蹴りが二連続、男の顎を直撃したことで、男は言葉を紡ぐ間もなく倒された。
「だ、誰だてめぇ!」
最後に残った男は、紡に覆いかぶさるように突進してきた。紡はそれを避けて、男の股下をくぐって地面を滑りぬけると、瞬時に男の背後をとる。そして、壁を蹴って男の頭上へと跳び上がり、男の顔に両脚を蛇の如く巻き付けた。
男はそのまま背後へと倒れ、声を出すことも許されず、紡の両脚に首を絞め上げられる。とうとう蒼ざめた男は白目を剝き、泡を吹いて気絶した。
「つ、紡……」
その場に座り込んでいた瑠璃が、瞳を揺らして小さく紡の名を呟く。それが聞こえていないのか、紡は表情一つ変えず真顔で立ち上がると、倒れた男たちの顔面を一人一人丁寧に、鋭いヒールで何度も踏みつけていった。紡のヒールが、血の赤で染まってゆく。
「瑠璃に、何やってんの。お前ら」
紡は冷たい声を落としながら、男たちの顔を蹴り飛ばす。しかしそれは、背後から紡の腕を強く引いた誰かによって止められた。
「これ以上はやめときましょう。紡さん」
聞き覚えのある低音——杏珠の声だ。
「遅れてすみません。おれがいながら……二人共、無事ですか」
そこでようやくはっと我に返った紡が、振り返る。紡と目が合った杏珠は小さく頷いて紡の腕を離すと、瑠璃の方に視線を向けた。紡は唇を嚙んで、思いがけず目を伏せる。
「……ごめん。杏珠、それに瑠璃。怖い思いさせた。大丈夫?」
紡は低い声でそう声をかけながら、座り込んでいた瑠璃が立ち上がるのを手伝う。瑠璃は首を何度も横に振って見せて、心配そうに紡の手を握った。
「私は大丈夫。ていうか、私が迂闊だったのよ……ごめんな、紡。無理させちゃったわね。それに、助けてくれてありがとう」
瑠璃に、紡は小さく頷いて見せる。だが、眉を下げてやさしく笑う瑠璃の顔を、紡はまともに見ることが出来なかった。
杏珠は身を屈めて、倒れている男たちの様子を窺いながら、驚いたように紡を見上げる。
「こっちも全員生きてます。救急車もいらんでしょう。……紡さん、加減が上手かとですね」
神妙な面持ちで、杏珠が立ち上がった。
紡は杏珠に苦笑して見せながら、また小さく頷く。
「うん。よく言われてた……それ」
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