第19話 音楽の天才たち
こうして、昼過ぎには銅本姉弟のコンサートが終演した。
終演早々、着替えてきた銅本姉弟に杏珠と紡は捕まり、二人は銅本姉弟の控室にまで連れてこられる。その勢いのまま、先日ジュピターでゆっくりできなかった分、紡は瑠璃としばらく話したいと瑠璃の控室に行ってしまった。
そして残された杏珠は不本意ながら現在、玻璃の控室にお邪魔している。
玻璃は杏珠がヤクザであることを確信している要注意人物であるため、なるべく関わりたくはないのだが。
「アンちゃん、今日は来てくれてありがとな。ほら、そんなとこ突っ立ってないで、こっちに座れよ」
金髪を軽くポニーテールにしている玻璃は相変わらずにこやかな笑みを浮かべたまま、自分の隣に丸椅子を持ってきて、杏珠に座るように促してくる。
杏珠は頷くこともせず、無言で玻璃の隣へと腰を下ろした。すると、すかさず玻璃が顔を寄せて、短く尋ねてきた。
「どうだった? 俺らの演奏」
「……」
杏珠は一つ間を置いて、瞬きをすると、玻璃に視線を向けぬまま答える。
「率直に言うと、驚いた。あんな経験をしたのは……生まれて初めてだ」
そこまで口にして杏珠は今の胸の内を、この胡散臭い男に明かしてしまってもいいのだろうかと、躊躇う。そう思って玻璃に視線を向けると、玻璃は至極真剣な眼差しでこちらをじっと見つめてきていたので、杏珠は素直に驚いた。
「続けて。アンちゃんが思ったままのこと、全部。話して欲しい」
玻璃の低い声色に引っ張られるかのように、いつの間にか杏珠の口からはぽろりと本音が零れていた。
「お前らの音を聴いていたら、血塗れの死体が転がる荒野で、狂ったみてぇに踊るガキ二人が見えた。あの光景を見てると妙な気分になって……何故か、紡さんのことが思い浮かんだ」
杏珠は細く鼻から息を漏らして、片手で髪を掻き乱す。
「今まで音を鳴らすことは、金稼ぎにちょうどいい道具だとしか思ったことがねぇのに。お前らの鳴らす音はいったい……何なんだ」
「そっか」
そこまで杏珠が口にしてようやく、玻璃はずいぶんと嬉しそうな様子で笑った。杏珠はその笑みの意味がわからなくて、眉根を微かに寄せる。
「それにしても、俺もびっくりしたよ。まさかアンちゃんがそこまで正確に、俺たちが創り出した〝音楽の解釈〟と同じ解釈をしてくれるなんて。天才って怖いね。まあ俺の方が天才だけど?」
玻璃の言葉に、杏珠が首を捻った。
「音楽の……解釈?」
「そ。俺と瑠璃はあの曲を『戦地跡で踊る少女と少年』って解釈で演奏してた。
杏珠が目を見開いて呟く。
「おれと……紡さん?」
「ああ。面白いだろ?」
楽しそうに小首を傾げて見せる玻璃に、杏珠は柳眉を僅かに動かして、首を横に振った。
「……気味が悪ぃ」
「そう。それ! 俺、アンちゃんにそんな風に感じて欲しくて、ああいう演奏したんだ。だってアンちゃん、音楽自体が何なのか、解ってなさそうだったからさ」
「は?」
訝しむ杏珠に、玻璃は目を細めて艶やかに笑って見せる。
「悲しい。寂しい。イラつく。気味が悪い——どんな形だろうが、少しでも〝音〟によって心が動いたんなら。それは〝音楽〟だ。そんで……」
玻璃は杏珠の胸へと、人差し指をトンと突き付ける。そして、真っ直ぐに杏珠の目を見据えて、言い聞かせるように、静かに声を低めた。
「アンちゃんが〝本当の音楽〟を知りたいのなら、紡の歌をぜったいに聴くべきだ。紡の歌は、聴いてしまったが最後——
玻璃の言葉には、何故だか妙に説得力を感じた。それが何だか気に喰わなくて、杏珠は胸に突き付けられた玻璃の手を振り払う。
「……そんなもん、知らんくていい」
杏珠は椅子から立ち上がって、控室の扉へと歩いて行くと、ドアノブを握る。しかし、その背中に飄々とした玻璃の声が懲りずに掛けられる。
「いいや、アンちゃんはぜったいに知ることになる。つーか、アンちゃんも〝音楽の天才〟だからな? もう知りたくて堪らないくせに」
「お前におれの何がわかるとや。それにおれは天才とやらでもなか。クソガキ。もう黙れ」
「わかるさ」
振り返りもしない杏珠に、玻璃は確信めいた声で呟く。
「紡がそうだったから。銀木杏珠と金守紡は、よく似てる。
杏珠はドアノブをぎしりと強く握りしめ、射殺すような目で玻璃を振り返ると、地を這う低音で唸りを上げた。
「紡さんを、おれなんぞと一緒にすんなや。おれとあの人は、何もかもが違う。今度またふざけたことぬかしよったら、その口二度と利けんようにする」
杏珠はそのまま、玻璃の控室を後にする。そして、紡が瑠璃の控室から出てくる間。スマホ画面に写し出された動画投稿サイト、「金木犀」のチャンネルをずっと眺めながら、紡のことを待ち続けるのであった。
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