第18話 硝子姉弟の二重奏
紡たちが座席についてしばらくすると、一台のグランドピアノが悠然と佇むステージが、眩しいほどに明るく照らされた。
そうしてついに、舞台袖から主役となる双子の姉弟——瑠璃と玻璃が現れた。
まず先に出てきたのは、ヴァイオリンを手にした瑠璃だった。明るい金色の長髪は丁寧に編み込んだ形で結われており、目が覚めるような真紅のドレスを身に纏っている。
その後に続いて出てきた玻璃は、いつもハーフアップにしている金色の髪を下ろし、数え切れないほどつけていたピアスも一つもしていない。そこに、真っ黒なタキシードを身に纏う姿は、いつもの玻璃とはまるで別人にも思える。
誰よりも美しく、華やかな姉弟が、ピアノの前で観客に一礼する。すると、それだけで会場中が沸き立つように拍手が轟いた。
瑠璃は頭を上げると、流れるような仕草でヴァイオリンを構える。一方玻璃は、ピアノの前にゆっくりと座ると、まるで慈しむような手つきで鍵盤を撫でた。
刹那。痛いほどの沈黙に支配されていた会場の中で、瑠璃と玻璃の息を吸う音が寸分違わず重なる——次の瞬間には、玻璃の両手が大きく跳ね上がるのと同時に、ピアノの力強い音が鼓膜を震わせた。
その衝撃に、思いがけず観客は皆瞬きをしてしまう。しかし、一秒足らずして目を開けば、その先には広大な荒野が広がっていた。荒野は戦地だったのか、あちこちに血だまりが点在している。
荒野の中心に立っていると、瑠璃が弾くヴァイオリンの深みのある音が、血だまりの中でも懸命に地に根を張っている、僅かな草花を揺らす大らかな風の如く流れてくる。
ピアノの音は伴奏となって低くなり、鳴りを潜めるが、それでも未だに荒野の景色の雄大さと哀愁をこれでもかと伝えてきた。
だが、突如、荒野の中心に少女と少年が現れた。ピアノとヴァイオリンのテンポが、途端に速くなってゆく。
少女と少年は、荒野の中心で二人きり。その誰もいなくなった大地を思う存分味わうように、楽しむように激しく踊り出した。血の滲む大地の上を飛ぶように跳ね、踏みしめる。
二人は、泣いているようだった。笑っているような声を上げているが、泣いている。
怒り、哀しみ、寂しさ、悔しさ。
しかしそれ以上に、解放感の迸る歓喜が少女と少年の激情のダンスを鮮やかに彩っていた。誰もいない大地で思うように踊れることを、心から楽しんでもいた。
少女と少年は己の中の激情を全て出し切ったのか、踊りの締めに胸に手を当てて、互いにお辞儀をして見せる。そうして、二人揃って血だまりの荒野へと倒れ込んだ。
玻璃の滑らかでありながら、激しいピアノのグリッサンドで観客の意識は現実へと引き戻される。
気がつけば、玻璃と瑠璃が曲を弾き切ったのか、玻璃は片腕を軽く上げて、瑠璃は弓を持った手を掲げていた。ホール内には、ピアノとヴァイオリンの音の余韻がいっぱいに広がっている。
余韻から抜けきっていない観客たちの静寂の中、瑠璃と玻璃はピアノの前に出ると、ぴったりと揃って一礼をした。
その瞬間、ホール中の観客が一斉に立ち上がり、雷が落ちたような拍手の轟音が爆発した。拍手と共に、興奮したような歓声の声も大きく上がる。
そんな拍手と歓声に送られて、瑠璃と玻璃はいったん舞台袖へと下がった。入れ違いに、スタッフが何名か舞台に現れて、新たな椅子の用意をし始める。次は、四重奏の演奏となるのだろう。
(やっぱり、瑠璃と玻璃の音楽は凄まじいな……民族舞曲をあんな風に解釈して、緻密な世界観を作って見せるなんて)
紡は内心で深く感心して、ふと隣に座る杏珠を盗み見る。
すると、杏珠は淡い碧眼を見開いて、ピアノのある舞台を食い入るように凝視していた。
(……何か思うところはありそうだけど。やっぱり、何考えてるのかはわからないな)
密かに紡は、小さく笑みを零す。
(瑠璃と玻璃の演奏で、音楽。知ることができればいいけど)
紡はそんなことを願いながらも、再び視線を舞台上へと戻した。
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