第13話 金木犀と青色硝子

 ジュピターの外にて。

 紡は、急遽引っ越すことになった経緯を瑠璃に問い詰められていた。


「なるほどね……そのストーカーを撒くために、急な引っ越しを決めたと。そんで、あの銀木さんとこに今は居らせてもらってるんやな?」

「うん。親戚のおじさんが、またストーカーに遭ったら大変だからって、私が外出る時は杏珠もついていくように言われてるんだ。言うの、遅くなってごめん」

「ええんやって。とにかく紡が無事なようで良かったわ」


 ほっとしたように髪を耳にかけながら笑う瑠璃に、紡はちくりと罪悪感が胸に刺さった。

 いくら親友の瑠璃だとはいえ、「実は自分がヤクザの娘だったらしく、そのおかげで半グレ共に狙われるから、ヤクザの事務所に匿われている」など、どうしても紡には言い出せなかった。


 自分がヤクザと関わっていることなど知れば、瑠璃は尋常ではないほどに心配するだろうし、ヤクザの事務所にまで乗り込んでくる可能性がある。瑠璃には、余計な心配をかけたくないし、今をときめくヴァイオリニストでもあるのだから、危険なことからは何としてでも遠ざけておきたいと紡は思ったのだ。


 密かに小さく息を吐いた紡の横で、瑠璃は額に青筋を浮かべ、強く拳を握る。


「にしても、何やそのストーカー……うちの紡にけしからんことしよってからに。私が見つけ出して、この手でぶん殴ってやりたいわ。クソボケ」

「ふはは。ありがとう、瑠璃。その言葉だけでも心強いし、すごく嬉しいよ」


 瑠璃の相変わらずの口の悪さに噴き出す紡。そんな紡の肩に瑠璃はやさしく触れて、言い聞かせるように紡へと寄り添った。


「紡……無茶だけは許さないわよ。ストーカーの件にしろ、親戚のところで上手くいかなかった時にしろ。何かあったら何でも、私に相談しなさい。ええな?」

「うん……ありがとう、瑠璃。助かる」


 そこで不意に、カランとジュピターのドアベルが鳴り響く。

 紡は瑠璃と共に振り返ると、店の出入り口から出てきた杏珠が、足早にこちらへと歩いてきた。


「親父から外食の誘いが。あの人、へそ曲げると煩いんで。行きましょう、紡さん」

「え、ちょ……だけど」

「会計は済ませてあります。マスターにも、挨拶はおれからしておきました」


 早口でそう言って、杏珠が紡の腕を掴む。紡は突然のことに驚いて目を丸くしながら、杏珠へと小さく囁きかけた。


「何かあったの?」

「はい。緊急です。銅本さんたちのためにも早く、ここを出た方がいい」


 有無を言わせないような杏珠の物言いからして、何やら良からぬことが起こっているらしい。それを察した紡は慌てて杏珠へと頷きながらも、瑠璃の方を振り向いて小さく謝った。


「もっとゆっくり話したかったのに、ごめん。瑠璃。急用入ったみたいだから、私たち、もう行かないと。今日は来てくれてありがとう」

「……そう。ううん、もともと私が遅れて来たのが悪いんだから、紡は気にせんでええのよ。わかった。また近いうちに会いましょ?」

「うん。そうする」


 杏珠に腕を引かれて、紡は歩き出そうとする。しかし、そんな紡の肩を後ろから誰かが更に強く引き寄せてきた。


「おわ!?」

「すとっぷ」


 驚いて声を上げた紡が微かに首を傾けると、背中に密着するように紡の肩を抱く、玻璃の姿がいつの間にかあった。

 顔が触れあってしまいそうな距離のまま、玻璃は背後から紡の空いている手に、二枚のチケットを握らせてくる。


「実はさ。三日後に俺たち、コンサートするんだよね。それ、紡に来て欲しい。もちろん、アンちゃんと一緒にな?」


 玻璃の誘いに、姉の瑠璃も目を輝かせて頷いて見せる。


「あ! そのことすっかり忘れてたわ……偶にはいい仕事するじゃないの、玻璃。ね、紡! 私からもお願い。久々に私たちの演奏、聴きにいらっしゃいよ」

「え、瑠璃と玻璃のコンサート!? そんなの、行くに決まってる! ……三日後だって、杏珠! 一緒に行こう? 瑠璃と玻璃のコンサートは最高だから、本当」

「……」


 一つ沈黙を置いた杏珠。そこに念押しするように、紡の頭の上から玻璃が杏珠を真っ直ぐに見据え、片目を瞑って見せた。


「アンちゃんにも、もっと俺らのこと知って欲しいからさ。二人で来て。ぜったい」

「……わかりました。では、また三日後に」


 杏珠は無表情でそう言って玻璃と瑠璃に一礼して見せると、ついに紡の腕を引いて歩き出した。紡は腕を引かれながらも、「じゃあ、瑠璃、玻璃! コンサート楽しみにしてる! またね」と銅本姉弟を振り返って、手を振ってた。それに銅本姉弟も手を振り返してくれる。


 こうして紡と杏珠は銅本姉弟と別れ、二人で帰路につくのであった。

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