第4話 金木犀と極道の親

 烏藤うとう組事務所内にて。紡が通された部屋には、スーツをかっちりと着こなした、一人の老いた男がいた。ほとんどが白髪に染まってしまった髪は整髪料で綺麗にセットしてあり、紡を真っ直ぐ見据えてくる鋭い目つきは、猛禽類を連想させる、そんな老いても威厳がほとばしる男前であった。


 老いた男は立派な執務机から立ち上がり、紡を目の前にあるソファーの一つに座るよう、手で指し示して促す。紡は背後に控えていたあの男にも促されて、上等なソファーの隅っこに腰を下ろす。老いた男も紡の向かい側のソファーへと座るが、ここまで紡を連れて来た男は、部屋の扉の前に静かに佇むばかりだった。


「突然、このような所まで足を運んでもらってすまない。金守紡さん」


 足を運んだ、というより。無理やりここまで連れ去られてきたと言う方が正しいのだが。と、紡が内心で小さくぼやく。しかし同時に、老いた男が、当然のように紡の名を口にしたので、紡は目を丸くして、老いた男を見返した。そうして紡は、意を決して、老いた男へと口を開く。


「あの……あなた方は、私のことを知ってらっしゃるようですが。それは何故です? あなた方は、その……ヤクザ、なんですよね?」


 硬い声を絞り出した紡に、老いた男はゆるりと頷いて見せた。


「ああ。私は君をよく知っている。君がここに来てもらった理由と合わせて、それは後ほど話そう。ますは、名乗らねばならないな」


 老いた男は、猛禽のような双眸を鋭く細めて、淡々と語った。


「六代目青柳あおやぎ会直系烏藤組組長、烏藤 次晴。それが私だ」

「……!」


 紡は思いがけず、大きく目を見開いて驚愕した。

 ヤクザについては、元マル暴だった祖父雪繫に多少聞かされて育ったので、それなりに知識はある。


 六代目青柳あおやぎ会は、指定暴力団の一つ。しかも、日本で二番目に規模が大きい組織とされ、関東最大のヤクザとも言われていた。その直系組織、二次団体の組長は本家のトップ、青柳会会長から直接盃を受けた人物となる。つまり、青柳会の直系組織の組長である烏藤次晴という男は——ヤクザ界の大物だ。


 紡は全身に走る緊張を何とか拳を握って押さえながら、烏藤次晴に視線を向けた。


「……そうですか」

「随分と、落ち着いているな。ヤクザと会うのは初めてだろうに」

「初めて、ですけど……育ての親が、ヤクザ顔負けの怖い人でしたから。ちょっと、慣れているようなものです」

「ふっ……確かに、雪繫さんはヤクザよりも恐ろしい人だった」


 次晴はどこか懐かしそうに目を細めて、なんと紡の祖父の名を口にした。紡は思わず驚きと共に声を上げる。


「え! 祖父を、ご存知なんですか……?」

「ああ。よく知っている。何せ、私は——金守紡さん。あなたの、父親だった男だからな」

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木犀たちのオーバード 根占 桐守(鹿山) @yashino03kayama

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