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亡くなった人間の話をしてしまうのは、教会がそうさせているのだろうか。
不思議なことに、新井と夏目はその後も吉田との思い出話に花を咲かせた。
だが、気温が一段と下がってきたところで、夏目が腕をさすりながら言った。
「そういえばさっき言っていた、ずっと忘れていたような気持ち、って?」
「今更掘り返さないでください」
新井が「フッ」と笑うと、夏目もまるで駆け引きを楽しむかのように、いたずらに言った。
「掘り返されたくないような気持ちでした?」
「さぁ…わかりません」
ただ…と新井も夏目の煽るような笑みに答えるようにして向き直った。
「ただ、貴女がそばにいると、決して消えないような気持ちです」
「案外センチメンタルなんですね、新井さんって」
「吉田さんのが移ったのかもしれません」
「たしかに。吉田さんはロマンチストでしたね」
「えぇ、それはもう…」
新井は上着を脱いで、夏目の膝上に差し出した。
「大丈夫です、気になさらないで」
「いえ、引き留めてしまったのは、俺の方ですから」
新井はそう言って夏目の肩に自分の上着をかけた。
「紳士なんですね。それも吉田さんの受け売り?」
「あんまりからかわないでください」
新井は背もたれに寄り掛かって、僅かに明るいステンドグラスを見た。
明るいとは言っても、教会内は夜も同然の暗さだった。
「他に出口がないか見てきます」
新井が立ち上がると、夏目も羽織っていた新井のジャケットを支えて立ち上がった。
「救援を呼ぶ方法もありますね」
「ろうそくに火を灯すことも」
「温め合うことも?」
しばらく見つめ合った後、2人はまた小さく笑って腰かけた。
それからは、どちらもその場を動こうとせず、ただ黙って、肩が触れ合う距離に座っていた。
ここに来て、どれだけの時間をこうして過ごしていたかはわからない。
だが、互いが互いを認め合うように、心を許していた。
肩越しに伝わる温もりが、安心する。
離れがたく、ずっとこのままでもいいかもしれない。いや、このままであってほしいと、異国の神に願ってしまうほどに。
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