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「うまくは言えないですけど、ずっと忘れていたような気持ちです」
「思い出せてよかった?」
「そうですね…はい。よかったです」
不思議なことに、嵐はますますひどくなるばかりだったが、反対に心は安らいでいった。
それは、夏目も同じ気持ちだった。
「あの日…」その"あの日"が、吉田の最期の日を意味していることは、新井にはすぐにわかった。
夏目はポツリと呟いた。
「あの日、吉田さんと食事に行く約束をしていたんです」
「そうだったんですか」
新井の表情は変わらなかった。
「ずっと前から約束をしていて、お店も予約していて…まさか、一人で行くことになるなんて思ってもいなかったんですけどね」
「あの日、一人で?」
「いいえ、さすがにその日にはとても行く気になれなくて。というか、そんな約束のことも忘れていました。それぐらい、大変な方じゃありませんでした?あの時期って…」
「えぇ、そうでしたね」
菊地班だけでなく、大勢の捜査官が寝る間も惜しんで働いていた。テロを未然に防ぐために。
「少しずつ落ち着いてから、ようやく思い出したんです。それで、一人で行きました」
「もしかして、お寿司ですか?隣町の」
「えぇ、そうです。勧められました?吉田さんに」
「はい。一度も行けていませんが」
「良いところでしたよ。静かで、落ち着いていて」
「吉田さんらしいセンスですね」
「はい。本当に…」
吉田と夏目がどんな関係だったか、新井が想像するには些か難問だった。吉田は誰とでも親しく、人付き合いの上手い男だった。
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