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夏目の言う吉田とは、新井の唯一慕っていた人物だった。


国家の安全を守る。

それが新井や夏目の仕事の大まかな意味であり、目的だ。


そして吉田は、その国家に対する脅威、即ちテロに巻き込まれ、殉職した。

あの日も雨が降り続いていた。視界の悪い駅前で、吉田は狙われた政治家を間一髪で守り、そして自らは被弾して帰らぬ人となった。

新井はその光景を目の前で目撃した。

雨と血が混じり、赤い水溜まりが広がっていくその映像は、何度夢に出てきたことか。


「菊地さんは今でも言っていますよ。貴方は一度休暇を取るべきだって」


「何度も言われます。でも休んだところで、何も変わるわけではありません」


「だからこうして、今日も教会に?」


「…そういうわけではありません」


夏目はそれ以上は何も言わなかった。

新井は膝の上に両肘をつき、組んだ指先に額を当てた。まるで熱心に祈っているような…いや、懺悔しているような姿で…。


新井と夏目は、都心から離れた別荘地に、かつて史上最悪のテロ事件を引き起こしたとされる指名手配犯の一人に似た人物がいるという通報を受けてやって来た。

だが通報者と見られる近所の住人が遺体で発見され、逃亡を試みていた犯人は狙撃され事件は終了した。

任務に当たっていた菊地が率いる菊地班は、新井と夏目を含めあと2人捜査官がいる。かつて殉職した吉田も、菊地班の一人だった。

夏目はとある事件を機に現場を去り、今は菊地の秘書として菊地班を支えている。


2人は仕事の業務に関する会話しかしたことはなかった。

特に新井は組織内でも優秀で有名だが、それ以上に堅物で、実は見えないところでゼンマイを巻いているのではと噂されるほどに真面目な男だった。

その噂が広まるのも頷けるほどに、まるで機械仕掛けのように表情を変えることのない男が、慕っていた人物の突然の死に、情緒不安定なことはあまりにも珍しく、仕事に支障をきたすのではないかと、これまた噂されていた。


雨はますますひどくなる一方だった。

夏目は左腕の時計で時間を確認すると、昼時とは思えないほど薄暗くなった教会を見渡した。


「雨は、やまなそうですね」


そう言って立ち上がる夏目を、新井はスッと顔を上げて見つめ返した。


「…どうしたの?」


夏目が顔色を変えることなくそう言うと、新井は再び地面に視線を戻した。


「…もう少しだけ、ここにいてください」

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