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気配に敏感なのは、仕事柄身に付いたものだ。

だが、中に入ってきた白いスーツ姿を見て、男の肩の力が抜けた。


「貴女でしたか、夏目さん」


肩までの黒い艶髪に、真っ白な肌は一目見てわかる。

男のよく知る人物だった。


夏目は驚いた表情からすぐさま安堵した顔つきに替わった。


「新井さん、どうしてここに?」


そう言ってゆっくりと、かつしっかりとした足取りで一歩一歩近づいてくるその姿は、まるでレッドカーペットを歩く一流女優のようだ。


夏目が口元に笑みを浮かべる一方、新井の表情は変わらなかった。


「訳もなく歩いていたら、ここに辿り着いたんです」


「私も同じです。不思議なものですね」


「えぇ」


新井が席を空けると、夏目は一人分のスペースを空けて腰かけた。


「人の気配がまるでないですね。あの百合は、まだ新しいのに」


卓上に置かれた壺に入った百合を見て、夏目が言った。

新井は「そうですね」と静かに頷いた。


神父かシスターか、あるいはこの山の持ち主か誰かが供えているのだろう。

ステンドグラスから射し込む光に、白い百合は眩しいほどに輝いていた。


だが、それも束の間。

薄い天井に降りかかる雨粒の跳ねる音が、教会全体に響き出した。


「降ってきましたね」


「そうみたいですね。私が来たときは、既に雲行きが怪しくて」


雨音は次第に大きくなっていった。

これまでの人生で何度も聞いてきたこの雨音も、あの日以来は記憶を蘇らせる引き金の一つとなっていた。

それを察してか否か、夏目が新井の表情を窺うように、かつ冷静な言葉で淡々と言った。


「吉田さんのことは、残念でした」

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