第104話

分からない。



思い出せない。




途中までは確かに私の目に映っていたのは夜紘君だったのに、気づけばひー君の貌が浮かんでいた。



動悸が激しくなったまま落ち着かない。



こんな感覚になるのは初めてで、困惑と動揺で頭が働いてくれない。





ただ、我に返った瞬間、現実の世界にひー君がいない事に大きな不安と虚無感があった。


それから私を襲う、途方もない寂寥感。






ひー君に……会いたい。



強く、そう思う。



いつもみたいに、抱き締めて優しく頬を撫でて、あの綺麗な微笑を浮かべて「日鞠が好きだよ」と言って欲しい。





「日鞠。」



私を呼ぶ低い声。



夜紘君は、怪訝な顔を浮かべている。


そっと伸ばされる手。




「変な所見せて驚かせちゃってごめんなさい。何ともないから、気にしないで。」





夜紘君の手が私に触れる寸前、私の足は無意識に駆け出していた。



宙を切る彼の手は、そのまま何も掴まずに降ろされる。





「日鞠、待て……。」




背後から掛かった声は、扉の音で遮断された。




彼の視線から逃れるように保健室を出た私は、暫く歩いた後耐え切れず力尽きるようにしゃがみ込んだ。

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