第98話

「どういうつもりでそう言ったのか分からないけれど、私は、夜紘君もちゃんと心のある人間だと思ってるよ。」





最初こそ印象は最悪だった。



冷たくて怖い人。



そう思ったけれど、今はそんな事微塵も思わない。






「………。」





千智君へと向けられていた彼の双眸が、私の姿を捉えた。



艶のある黒髪の奥にあるその瞳は、深い闇に呑み込まれているようだった。





「千智が言っていた通り、透き通った目をしているな。」


「……。」


「本当に、残酷な人間だ。」


「夜紘君?」





立ち上がった彼が、私へとゆっくり歩み寄る。



反射的に僅かに後退りをした私は、すぐに背中に当たった壁によって行き場を失った。




迫る彼が手を伸ばし、緩く結ばれた髪に触れる。


その拍子に解けた髪が、はらりと舞い広がった。






「首に痕が付いてる。」


「え……。」





相手の指摘に思い当たる節があった私は、すぐにそこを手で覆う。



夜紘君が言った「痕」は、ひー君が咲かせた花弁の事だ。



きちんと見えないように隠していたはずなのに、まさか誰かに露見するなんて。





「あの、これは…えっと…印で…。」





ひー君の物だという印。


私の全身を埋める彼の花弁。



いつもその花弁を慈愛に満ちた表情で愛撫する、美しい幼馴染の顔が頭に浮かぶ。








「奪いたくなる。」







耳を突いた色のある低い声に、意識が全て攫われた。

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