第99話

若干動揺する私を見ても、夜紘君は顔色一つ変える事無く真っ直ぐ視線を向けるだけ。



彼のその双眸から、視線が逸らせない。





「その純真な瞳を奪って、独占したくなる。」


「……。」


「他の誰でもない、俺だけを映していて欲しくなる。」


「……。」





至近距離でも、欠点が見つからない完璧な顔。


美しくて、人間離れしているそれに魅入ってしまう。





「諦めていたはずなのに、心の奥底では飢えて欲していた言葉を平気で与えるお前は狡い。」





僅かに眉間に皺を刻み、顔を歪める夜紘君の指が私の顎を掴んだ。





「とうの昔に心なんて捨てたつもりでいたが、お前の言動には一々揺さぶられる。お前の前ではただの一人の人間でいられるような感覚になる。」


「………。」


「どうしてくれる?」


「え?」


「欲しくてたまらない。」





主語が抜け落ちた夜紘君の言葉は、理解するが酷く難しい。


私を射抜く彼の目は、餌に飢えた野獣の如く鋭利だった。






「日鞠。」





初めて、夜紘君の口から私の名前が呼ばれた。


きちんと覚えていてくれた事に、内心驚きを隠せない。





「日鞠…。」





もう一度、彼が私の名を呼ぶ。



刹那、夜紘君が口許を緩めた。




彼が初めて見せた笑みは、妖しくて、艶やかで、柔和で、ただただ美しかった。

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