第93話

「ひー君飴玉舐めたかったの?言ってくれれば新しいのあったのに…。」


「それじゃあ意味ないよ。僕は日鞠の口にあった飴玉が欲しかったの。」


「んっ……。」



彼が耳に甘く牙を立てるせいで、身体が熱を帯び始める。




「そういう所、本当に気が狂ってるよね。」




さっきまで私に甘えてくれていたのが嘘のように冷め切った影十の声が、玄関先にこだました。



それに反応するように、密着していた身体を離したひー君は、一目で不機嫌だと分かる影十に対して微笑んだ。





「いたんだね、影十君。」


「随分白々しいね、さっき庭から見てたんだから僕がいる事知ってるでしょう。」


「何の事かな?」





影十の言葉に、彼はきょとんとした表情で首を傾げる。


やはり見間違いだったんじゃないだろうか。





「お姉ちゃんに触るなよ。」


「影十君は本当にお姉ちゃんが大好きだね、だけど申し訳ないけれど僕も日鞠が大好きなんだ。それはもう影十君とは比べ物にならないくらいにね。」


「よくその汚れた手でお姉ちゃんを触れるね。下手したらあんたの手は血に濡れてるはずなのに。」


「あはは、面白い冗談を言うんだね。」




険しい形相で影十は彼を睨んでいる一方で、ひー君は笑みを絶やさない。余裕すら伺える。



頬に掛かる髪を耳に掛けながら影十を見据える彼。




血管すら浮いて見える程に白いひー君の手。



それが汚れているようには見えないし、血に濡れてるだなんて想像するのも難しい。





「でもね、全然笑えないよ。日鞠が勘違いしてしまうような、くだらない戯言はよしてくれる?」


「……。」


「流石に僕も不愉快だよ。」




一瞬だけ、ひー君の顔から笑みが消えたような気がした。

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