第85話

「あ、ねぇヒマちゃん、連絡先教えてくれる?」




トラウマの闇に呑み込まれかけていた時、話題を切り替えた千智君が携帯を取り出した。




「ごめんなさい、私携帯持ってなくて…。」


「え?何で?」


「必要ないって言われたから。」


「は?」





高校に合格した際に携帯を持とうとした私をひー君が制した事を思い出す。




「そんなの買って、僕以外の人間と繋がりを持つつもりなの?日鞠は僕を裏切るの?見捨てるの?」


「違うよ、ひー君を裏切ったりしないよ。」


「じゃあ携帯なんていらないよね?僕だけがいれば良いじゃない。僕の言う事聞けるよね?」





どうしても欲しいという訳でもなく、友達もいない私は必要性も感じなかったせいで、その時は素直にひー君の言葉に頷いた。



まさか、連絡先を聞いてくれる人に出会うなんて思ってもみなかったから。





「誰に言われたの?両親とか?」




過保護だねと付け加える千智君の中では、パパやママの言った事だと断定されているらしい。


それに対して、私は首を横に振った。




「ううん、ひー君に言われたの。」


「ひー君?」


「あ…私の幼馴染だよ。」




つい癖で、彼の名前を出してしまった。


すぐに言い直したけれど、千智君は特に彼の名前に引っ掛かった様子はなかった。





「ヒマちゃんって……。」


「ん?」


「ううん、何でもない。」




彼は他に気になった部分があったらしいけれど、すぐに笑みを貼り付けて携帯をポケットに仕舞いこんだ。

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