第84話

少しすると千智君はすっかり私の知っている彼に戻っていた。




「ヒマちゃん好きな食べ物ある?」


「えっと…。」




千智君からかれこれ30分くらい質問攻撃を受けている。


好きな食べ物かぁ。



ひー君が作ってくれるスコーン。


ひー君が作ってくれるグラタン。


ひー君が作ってくれる肉じゃが。




考えてみても頭に浮かぶのは、ひー君の手料理ばかり。


私、本当に彼がいないと生きていけなくなっているんじゃないのだろうか。



改めてひー君に甘やかされている現実を痛感し、一抹の不安を覚える。





「えっと…甘い物かな。」




何とか絞り出して出たのがそれだった。


勿論主語には「ひー君が作った」が入るのだけれど、彼の名前を出しても恐らく、千智君は知らないだろう。





「想像通りだね。」


「そうかな?」


「うん、ぴったりだよ。可愛いヒマちゃんに。」


「………からかわないでよ。」


「ん?からかったつもりなんて少しもないけど?」




人生で初めて、ひー君以外の異性に「可愛い」と言われた。



千智君の真剣な瞳は嘘や冗談を言っているようにも見えない。





……私が可愛いなんてあるわけないよ。




自信がない。


自分の容姿、性格、頭脳、全てにおいて胸を張れるものがない。

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