第70話

口内に広がるのはジャムの甘さだけでない甘美な何か。


その正体を知らない私は、流し込むように熱い紅茶を飲む。





「ところで。」





テーブルから身体を浮かせ、私の髪へと触れた彼の双眸が私を捕まえる。




部屋に流れているクラシックの音色。



シューベルトの『Heidenröslein野ばら』が丁度始まった。





「日鞠は何を考えていたのかな?」


「え?」


「嗚呼、今の質問だと少し語弊があるかもしれないね。」





ひー君の指先が私の輪郭をなぞる。



優しい声色だというのに、彼の瞳の奥は全然優しさを秘めていない。





「日鞠は僕の話も聞かずに、僕と一緒にいるはずなのに、それを差し置いて一体誰の事を考えていたのかな?」





分かっている。



彼は、私の頭の中が手に取るように分かっている。






「ほら、答えてよ。」





それなのに、敢えて質問している。



全てを知った上で、問いかけてくる。




その理由はたった一つ。




「あ、あのひー君違うの。」


「ん?何が違うの?何も違わないよね。」


「………。」


「誰?ねぇ、日鞠の頭をつい数秒前に独占していたその人間は誰なの?」





“早く言ってよ、日鞠を躾し直してあげるから”






ひー君が怒っているからだ。

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