第64話

彩愛ちゃんが待ち望んでいた人物が現れたのは、昼休みも過ぎた午後の授業の最中だった。




一瞬にして空気が冷たくなる。


和やかな空気が息をするのも苦しくなるような物へと前触れもなく変わる。




それが、千智君と夜紘君の来た合図になっていた。



顔を上げれば千智君と視線が交差した。




「昨日ぶりだね、ヒマちゃん。」


「うん。」




すぐに笑みを浮かべてくれた千智君は、慣れた様に自分の机を私の机と密着させる。




「教科書、また忘れたの?」


「ん。まぁそんな所かな。」




投げた問い掛けの返事が曖昧に濁されたような気がして首を捻る。



実は、千智君は初めて来たあの日からずっと教科書を忘れたままで、こうして机同士をくっつけるのもすっかり日常化してしまった。



だけど、教科書を忘れているのは千智君だけじゃない。




「あ、お、おはよう夜紘君。」




同じく無言で机を密着させた無表情な彼。


今日もその顔は美しくて、非の打ちどころがない。




静かに腰掛けた彼は、眠たいのか欠伸を零してちらりと、視線だけ私に寄越した。




「もう昼。…こんにちはだろ。」





低くて色っぽい声が、左から落ちてくる。



きちんと言葉を返してくれる事が嬉しくて、心がくすぐったくなった。

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