第57話

こんなに異性と近い距離で時間を過ごすなんて事は余り無かったせいか、少し落ち着かない。



私の隣に常にいるのはひー君だったから。



それが当たり前だったから、ひー君がいないと寂しいなと改めて思う。




ひー君の甘い香りではなく、隣から鼻孔を掠めるのは爽やかなシトラスの香り。





「さ、勉強しようっか。」


「勉強する気あるんだね。」


「え?」


「あっ……。」




いけない、口を滑らせてしまった。そう気づいた時には既に遅し。



咄嗟に口を手で覆ったけれど、何の効果も出してはくれないだろう。





「あはは、そりゃあ勉強くらいするよ。顔に似合わずはっきり言ってくれるね。」


「す、すみません。つい本音が。」


「へぇ、本音だったんだ。」


「………。」


「そんな絶体絶命みたいな顔しないでよ、意地悪しすぎちゃった?勉強しなさそうに見える自覚はあるしね、気にしないで。」





失言ばかりする自分に情けなくなっていると、頬に掛かるブロンドの髪を耳に掛けながら彼が優しく微笑んだ。



あれ……。



こんなに優しく笑う人なんだ。



話してみると意外と普通だ。寧ろ良い印象すら持ってしまう。






「俺の名前は朝日 千智あさひ ちさと、君は?」


「…椎名日鞠です。」


「へぇ、ヒマちゃんか。」


「え?」


「宜しくね、ヒマちゃん。」


「よ、宜しくお願いします朝日君。」


「え?千智って呼んでよ。」


「……。」


「呼んでくれないの?」


「千智君…。」


「うん、よくできました。」




随分と強引な千智君に、私は流されるまま苦笑を零すだけだった。

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