12

「せっかくの休日に、まさか一日中家で芋虫みたいにゴロゴロ転がっていることもないだろ」


 い、芋虫!?

 もっと他の言い方はないの?


「私のプライベートはどうだっていいでしょう。それより、血圧を計るからさっさと腕を出して下さい」


「雫、もしかして本当に彼氏がいるのか?」


「……え」


 同じ病室の三人が、テレビや新聞を見ながら明らかに聞き耳を立てている。


「だから、私のプライベートはどうだっていいでしょう」


 私は彼の腕を掴み、血圧を計った。


「えっ? また高めだよ。百四十八の八十三もあるんだけど。高血圧なのかな。ちゃんと治療した方がいいかも」


「だからあ、美人ナースに触られてドキドキしてるんだよ。ほら、胸触ってみる? 心臓バックバクだから。治療薬は雫の笑顔しか効かないよ。あっ、可愛い笑顔を見たらもっと血圧計上がったりして」


 彼は厚い胸板を突きだし、子供みたいにニンマリ笑った。体は大人だが精神年齢はまるで子供だ。


 や、やめてよね。

 そういう行為も発言もセクハラなんだから。


 唇を盗んだ憎き彼の笑顔が、可愛いと思えるなんて、私は毒牙に犯され幻覚を見せられているに過ぎない。


 そんな目で私を見ないでよ。

 私の方がドキドキしてるんだからね。


「雫の血圧も計ってやろうか? 俺さ、職業柄血圧計れるんだぜ。お前、今ドキドキしてるだろう」


「……そ、そんなわけないでしょう」


 否定しながらも、私の顔は火照っている。


 ――図星だよ。


「雫、右腕めっちゃ痛いんだよな。これって瘢痕はんこん残るかな?」


「残念だけど瘢痕は残ります。熱傷の範囲が広かったから、ある程度は仕方がないですね。でも、顔じゃなくてよかったですね」


「はぁ……やっぱ……瘢痕が残るんだ。お婿に行けないな」


「はい? お婿……ですか?」


 私は彼の発言に、不覚にも笑ってしまった。


 俺様で極悪非道な野獣のくせに、『お婿に行けないな』って、ちょっと笑える。


「あっ! 雫が笑った! 初めて笑った! ああ良かった。雫を怒らせたまま退院って、後味悪いからな」


 彼はバカみたいに歓喜の声を上げたけど、『怒らせたまま』って、一体誰のせいなのよ。院内で私の同意もなしに、強引にキスするからでしょう。


 彼を睨みつけるものの、目が合うとトクンと鼓動が跳ねる。彼に心を奪われそうになった時、ドアが開き怜子が病室に入ってきた。


「おはようございまーす!」


「怜子待ってたんだよ。着替え持って来てくれた?」


「うん。持って来たよ。ごめんね、お店が忙しくて。なかなか来れなくて」


「こっちこそ、忙しいのにごめんな」


 あの野獣から、こんなにも優しい言葉が飛び出すなんて、恋の力は偉大だな。


 室内は怜子の香水の匂いに包まれ、彼女の吐息からはお酒の匂い。店って……やっぱり水商売のようだ。


 二人のやり取りを聞き、我に返る。


 彼には恋人がいたんだ。

 でも、彼女は昨日男性と……。


 彼女には愛人がいるのに、どうして彼と二股が出来るのかな。私だったら、絶対に無理だ。


 二人の男性と同時に付き合うなんて、同じ女性としてありえない。

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