月の夜 2
11
――お休みの日、久しぶりに友人と待ち合わせをして、新宿に買い物に行った。
ブラブラとウィンドウショッピングをしていたら、目の前を見覚えのある女性が通り過ぎた。
ラメ入りの真紅のワンピース、黒いストッキングに赤いハイヒール。派手な格好で一際目だっていたその女性は、中居保の恋人、怜子だった。
彼女の隣には、五十歳はとうに過ぎた年配の男性が寄り添っている。
えっ? お店のお客さん?
それとも……愛人!?
見た目の先入観で、彼女をキャバ嬢だと決めつけていた私は、二人の動向を目を凝らして見る。
「どーしたのよ? 雫? 誰を見てるの? 知り合い?」
学生時代の友人、
「あっ……ごめん、ごめん。ちょっとね」
彼女は男性と仲良く腕を組み、時折鼻にかかった声で男性に甘え『パパ』と呼び、二人は腕を絡ませ人目も憚らずイチャイチャしている。
まるでご主人様に擦り寄る猫みたいだ。
やっぱり愛人だよね?
それにしても年の差、ありすぎるし。
彼はもしかしたら、彼女に弄ばれてるのかな?
妄想が風船のようにどんどん膨らみ、いつ破裂してもおかしくないくらい、頭の中はパニックを起こしている。
二人は高級ブランドショップで、彼女の洋服を仲良く選び、支払いは男性が財布からクレジットカードを差し出した。
「ありがとうパパ! 大好き!」
彼女は男性に抱き着き、店員の前で恥ずかしげもなく頰にキスをした。ここは日本だ。外国ならともかく明らかに異質。
「怜子、よさないか……」
まさしく……。
これは、愛人だよ。
中居保は彼女に二股されてることに、気付いてるのかな?
彼も彼女もどっちもどっちだ。
彼はそれを知った上で、彼女のヒモになってるの!?
もしも彼がこのことを知らないで、彼女を自分の恋人だと勘違いしているのなら、それはそれで男として不幸だよね。
いや、自業自得なのかな?
入院している病院の看護師にセクハラをする極悪非道な男だ。本来ならば、告訴してもいいくらい。
彼女の浮気は見なかったことにしよう。
どうせ彼と私も、ただの患者と看護師なのだから。他人の恋愛に首を突っ込む必要はない。
隣にいた真希が洋服やバッグを選びながら色々話し掛けてきたけど、私の視線は怜子に釘付けで上の空だった。
洋服を選んでいるのに、脳裏にはあいつの顔がふわふわと浮かぶ。
どうして休みの日まで、憎らしいあいつの顔が浮かぶのよ。
彼にキスをされたから?
だから、残像のようにあいつの顔がちらつくんだ。
◇
翌日、出勤した私はいつものように担当の病室を巡回した。
病室の窓際のベッドに座る彼の顔を見たら、昨日の怜子を思いだした。
「おはよう! 雫」
彼は馴れ馴れしく私に声を掛けてくる。しかもハイテンションだ。なにがそんなに楽しいんだか。君は彼女に浮気されてるんだよ。
「おはようございます」
「昨日休みだったんだな。超、寂しかったよ。なぁ吾郎!」
彼は隣の吾郎に同意を求める。
「え、ええ、まぁ……」
吾郎は困ったように、返事を濁した。
「昨日、デートだったのか?」
「え?」
病室で何を聞いてるの。
そんなこと答えるわけないじゃない。
意味わかんないよ。
真っ直ぐ向けられた大きな瞳。
吸い込まれそうなくらい、澄んだ瞳。
憎らしいのに、なんて綺麗な瞳なんだろう。
飛び魚のように、ピョンピョンと鼓動が跳ねる。まるで真夏の太陽に照りつけられているように、顔がカーッと火照る。
私はあの目が……苦手だ。
美しすぎる、あの目が……苦手。
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