複雑

1



 その日の帰り道。


 家がある住宅街に入ると、反対側から走ってきた人に突然手を振られた。

 黒いジャージを身に纏った男の人は、大きな声で私の名前を呼ぶ。



「……あ、菜都!」

「………圭司?」



 被っていたフードを脱ぎ、笑顔で手を振っている人。無性に嬉しそうな圭司だった。



「部活、お疲れ!」

「圭司こそ……。部活辞めてからもランニングをしていたんだ……」

「もちろん。やっぱり俺さ、走るの好きだから」



 そう言いながら微笑み、頬を掻く。

 圭司が陸上部を辞めたこと、本当は少し気になっていた。


 走るのが好きなんて……。


 わざわざ言わなくても。そんなこと、幼馴染の私には手に取るように分かる。




「ねぇ菜都、家まで送ってもいい? って言っても、そんなに距離は無いけど」

「……うん」

「やった……!」



 物凄く嬉しそうな表情をした圭司は、そっと私の手を握った。



「ちょ、手は……」

「良いの」

「……」



 何も良く無いんだけど……。そう思いつつ、無言で受け入れる。




「……」




 隣を歩く圭司を見上げる。柚木先生より大きくて、河原先生よりは小さい。


 幼馴染を先生2人と比較するなんて、私も大概だな……なんて思い、また自己嫌悪。



「ん、どした?」

「いや……何もない」



 嬉しそうな表情に優しさが混ざっているような、何とも言えない圭司の表情に、少しだけ胸が痛んだ。



「……菜都さ、文化祭実行委員会、上手くいってる?」

「う、うん……」

「河原と一緒に活動してんの?」

「あ。まぁ、河原先生と……柚木先生」

「柚木先生も?」



 声のボリュームを上げ、首を傾げている圭司。もはや、何を言っても地雷だ。



「……あまり聞きたくないけど、河原とは……大丈夫?」

「大丈夫とは」

「いや、その……。こっちも上手くいってんのかなって……」

「………」



 可もなく、不可も無く。けれど、圭司には言えない。



「まぁ、ぼちぼち」

「……そうか」




 繋いでいる手に少しだけ力が入る。圭司の様子に何だか物凄く胸が痛む。





「……えっ、圭司と菜都?」




 背後から聞こえて来たその声に、私たち2人ともが同時に振り向いた。



「……」



 その姿に、思わず息をのむ。

 私と圭司の名を呼んだ人……。愛理だ……。




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