第6章 先生と私の気持ち

晴れない心

1



文化祭の準備も着々と進み、日に日に近付く文化祭本番。




 あれから溝本先生は何も言って来ないし、河原先生と何かあるわけでも無い。


 圭司は相変わらずだし、愛理とは一切関わりが無いし……。



 何だろう。自分でもよく分からないけれど。何故かずっと、心が晴れない。




「お疲れですか、平澤さん」

「柚木先生……」



 ボランティア部の部室で机に伏せていると、柚木先生は心配そうに私の隣に座った。


 そっと撫でられる頭。柚木先生も相変わらずだ。



「もう、疲れました」

「文化祭の準備ですか?」

「いや……色々です」



 伏せたまま顔を横に向け、窓の外に目をやる。

 すぐそこに見える大きな木に、小さな鳥が止まっていた。



「人生って上手く行きませんね」

「……平澤さんが人生を語るには少々早いですよ」



 隣に座ったままの柚木先生。

 撫でてくれる手付きが優しくて、思わず目を閉じてしまいそうになる。



「……柚木先生の手、気持ち良いです」

「……」



 先生の表情は見えない。

 私の言葉を聞いて一瞬手が止まったが、すぐに動きは再開された。



「……僕は貴女を、甘やかしたいです」

「私も、誰かに甘えたいです。でもその“誰か”は、河原先生が良い」

「………」



 言って気付く。

 また柚木先生を傷付ける言葉を平然と……。



 懲りない自分に笑いが出そうになる。



「私、本当に最低」

「……いえ、良く言えば素直ですよ」



 その言葉を聞いて顔を上げると、柚木先生は悲しそうに微笑んでいた。



「僕は、河原先生になりたい……」

「……柚木先生は柚木先生です」

「こんなにも好きなのに……」

「柚木先生は……」



 言葉を継ごうとすると、部室の扉を叩く音が響いた。



  コンコンッ



「はい」

「入るぞ」



  ガラッ



 扉が開いて入ってきたのは、河原先生だった。



「……本当に間の悪い人」



 そう小さく呟いた柚木先生。


 そんな柚木先生を他所に、河原先生は部室に入って私の後ろの席に座った。



「……河原先生、何ですか。部活中です」

「柚木先生が文化祭実行委員会に顔を覗かせるなら、俺がその逆をしてもおかしくないだろ」

「……どういうことですか」

「平澤の顔を見に来ただけってこと」

「………」



 ジッと私の顔を見つめてくる河原先生。


 想像もしていなかった事態に思考が止まり、心拍数がどんどん上がる。



「……な、何か用ですか」

「平澤、最近より一層元気が無いから。文化祭実行委員会で負担を掛けてしまっているのでは無いかと思って」

「………あ……」



 貴方のせいでしょうがぁぁ!!!!



 そう思っても、口がパクパクするだけで声は出ない。




 因みに、溝本先生の件は河原先生に話していない。この件についてはこのまま黙っておき、私の中で消化するのみだ……。




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