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「先生、さようなら」

「平澤さん、さようなら」

「気を付けて帰れよ」



 多目的教室の前で先生たちと別れ、1人昇降口に向かう。

 靴箱からローファーを取り出して置いたところで、珍しい人に声を掛けられた。



「……平澤菜都さん。1人で歩いているのが見えたから、来ちゃった」

「…………え?」



揺れる綺麗な長い髪。

背が高く、胸の部分が窮屈そうなブラウスが印象的な大人の女性……。



英語教師の溝本先生だ。



「……何かご用ですか」



 溝本先生とは授業以外で会話をしたことが無い。こうやって話し掛けられたのも、初めてだ。


 私に何の用だろう。



「………」



 河原先生と付き合っていないのに、“そういう関係”の人。


 そう考えるだけで、嫌悪感が湧き上がる。



「今、時間大丈夫?」

「……はい」

「ちょっと、お話しましょ?」

「……」



 溝本先生に連れられ、昇降口の近くにある相談室に入った。先生は私に椅子に座るよう促し、自分は窓にもたれかかる。


 口元は微笑んでいるのに、目には光が無い。


 そんな溝本先生の様子に、少しだけ恐怖を覚えた。



「時間が無駄だから、早速話すけどね。私たちの邪魔をしているのって、あなたよね」

「邪魔をしている……?」

「そう。それ故に彼を心変わりさせた、張本人」

「…………」



 言っている意味が、全く分からなかった。


 溝本先生と河原先生の関係は知ってしまったけれど、柚木先生以外は誰にも言っていないし、当然邪魔もしていない。


 それに心変わりって、なんだろう。


「あの、待って下さい。意味が分かりません」

「しらばっくれないで!! 私が河原先生に“距離を置こう”と言われたのは…あなたのせいよ!! あなたが私たちの邪魔をするから……!! 河原先生に近付くから……!!!!」

「み、溝本先生!! 待って待って!!!」



 話の全貌が見えずパニックになりかけた時、ふと記憶が蘇ってきた。



『気持ち悪いかもしれないが、”そういう関係”ではあった。……でも、きちんと解消しようと思っている』



 宿直室でのことを河原先生に話した時に聞いた言葉。


 もしかして、それを指しているのだろうか。



「……ほら、何か心当たりがあるんじゃないの!?」

「いや、無いです!! 全く意味が分かりません!!」

「………こいつ!!!」



 溝本先生は壁を拳で殴り、目に涙を浮かべながら叫び始めた。



「私はね、河原先生のことが好きで……大好きで!! どんな関係でも良いから、振り向いてもらえるまで繋がっていたいって思っていた!! それなのに……なのに……!!! あなたが河原先生と距離を縮めたから、関係を解消しようなんて言われたじゃない……!! 邪魔しないでよ、クソガキ!!!」

「……………」



 言い掛かりにも程がある。


 大体、どこをどう見て『距離を縮めた』と思っているのだろうか。



 体育祭の頃から必要最低限以外の会話をしなくなり、マイナスにまでなった私と河原先生の関係は、やっと普通の『先生と生徒』のレベルにまで戻った……と私は思っている。


 マイナスがゼロになったこと自体が『距離を縮めた』というならそうなのかもしれないけれど。


 河原先生が溝本先生との関係を解消したきっかけは、どう考えても私では無いと思う。



「あなたと河原先生じゃ釣り合わないのよ!! 何歳離れていると思っているの!! 子供が大人に憧れるのは分かるわよ。けれど、本当に行動したら駄目なのよ、分かる!?」

「………」



 意味不明にも程がある。

 悲しみの前に、怒りが沸いて来た。



 溝本先生に言われる筋合いは無いし。

 そもそも私、河原先生のことが好きだと溝本先生に言ったこともない。



 何も知らないくせに、憶測だけで言っているのなら……これ以上の話は無用。



「……溝本先生、意味が分かりません。帰ります」



 そう言って鞄を持ち、相談室から飛び出した。



「あ、こら。待ちなさいよ!!!!」



 そう叫ぶも、溝本先生は私を追い掛けて来なかった。



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