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「河原先生……覚えていたのですか」



 河原先生の言葉に、涙が溢れた。そんな私を見た柚木先生の表情は一瞬で曇る。



「……あの時の中学生、2年生だって聞いていたから。その学年が高校に上がる年、うちの高校の新入生を注意深く見ていたんだ。けれど、それっぽい子は見つからなくて。他の高校に進学したのかと思っていた」

「………」

「髪型、ショートだったろ。お前、入学して来た時から今みたいに髪が長かったから全く気付かなかった」

「………」

「早く白状しろよな。ずっと気になっていたんだから」



 また、頭で考える前に体が動く。


 教壇に立っている河原先生の元へ駆け寄り、背後から抱きついた。




「っ……!」



 唇を噛んで何だか泣きそうな柚木先生。それを横目に見つつも、私は河原先生から離れない。



「……平澤さん」



 ごめんなさい、柚木先生。今だけは、見なかったことにして下さい。そう心の中で呟く。



 河原先生は一瞬体を震わせたが、何も言わずに私を受け入れてくれた。




「……河原先生。覚えていないと思って言えませんでした。けれど本当はずっとお礼を言いたかった。あの時、助けてくれてありがとうございました」

「……好きって言ってくる前に、そっちが先だったな」

「だから、覚えてないと思って言えなかったって、言っているじゃないですか」

「忘れねぇよ、あんなの。人生で遭遇したことが無い。俺だって焦ったんだから」



 ギュッと……抱きつく腕に力を入れると、河原先生はそっと私の手を撫でてくれた。


 それにまた涙が溢れる。



「けどまぁ、元気にしていることが分かって良かった。心配事が1つ減ったから。これでやっと30分長く寝られる」



 そう言って河原先生は、ふっと笑った。



「……」



 そんな光景を見ていた柚木先生は、唇を噛んだまま静かに多目的教室から出て行った。


 柚木先生には、悪いことをしたと思った。けれどそれ以上に、今は河原先生を優先させたくて。



 柚木先生には申し訳ないけれど……。




 今だけは、どうか。どうか───……。




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