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「……平澤、急に指名してごめん。決めていないことを思い出したとき、真っ先にお前が思い浮かんだ」



 河原先生の一歩後ろを歩き、会議室に向かう。

 先生は正面を向いたまま、後ろにいる私にそう声を掛けた。



「……べ、別に良いですけど。大体、先生自身が実行委員会の担当なら、委員を決めること忘れないで下さいよ」

「そうなんだけどさ、色々と考えることも多くて。大変なんだよ」

「………それって、溝本先生のこととかですか?」



 そう呟くと、先生はピタッと歩くのを止めて振り返った。そして、少しだけ不機嫌そうな声を上げる。



「平澤……」

「……ねぇ、河原先生。溝本先生みたいに、付き合っていない人と“そういうこと”ができるなら、私ともキスをしてみませんか」

「………」



 そこまで言って、ふと気付いた。

 ふと出てきた自分の言葉が恐ろしい。一体何を言っているのだろうか。




 最初、河原先生に告白をした時もそうだった。


 私って頭で考える前に言葉が出てくる。

 本当に、自分の悪いところだと思う。



 そして、同時に何故か湧き上がる柚木先生への罪悪感。

 けれどこちらの感情は、気付かなかったことにする。




「……」




 河原先生はどんよりしている目に力を宿し、私の顔をジッと見た。

 少しだけこちらに歩み寄り、私の頭をチョップして呟くように口を開く。



「……馬鹿言うな。自分を大切にしろ」

「………」



 チョップされた頭がじわじわと熱くなる。それだけで涙が出そうになるのを堪えつつ、触れられた場所に手を置き、私も先生の顔をジッと見つめた。



「そんなこと、河原先生に言われたくないです」

「……あぁそうだろうな。けどお前には何度でも言う。自分を大切にしろ」

「私、河原先生になら何されても良い」

「馬鹿言うなって」



 そう言いながら何だか泣きそうな表情で、私の手を払いのけて頭をわしゃわしゃと撫でた。



「先生……」



 ゆっくりと手を離し、先生は体の向きを変える。



「ほら、もう。馬鹿言っていないで行くぞ。1年と3年が待っている」

「……」



 眼鏡を外して、取り出したハンカチで目元を拭っていた先生。



 そんな様子を、無言で後ろから眺めていた───……。




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