5



「菜都、起きて!」

「え!?」



 呼ばれて飛び起きると、お母さんが部屋の扉のところに立っていた。



「……?」



 起きて気付いた。

 涙が零れている。


 何故か胸は懐かしさでいっぱいになっていた。



 しかし、寝ている間も泣いていたなんて。重症な私。



 目元をタオルで拭いながら身体を起こすと、お母さんは焦ったように声を上げる。




「菜都、先生が見えてるの。歩ける?」

「先生……?」



 先生が来てるって、どういうこと。


 疑問を頭に浮かべたまま首を傾げて気付く。 



 そう言えば、寝る前と比べて体の楽さが全然違う。

 直感で熱は下がっているような気がした。



「ほら、急いで」



 乱れた髪を手櫛で直し、お母さんに連れられ玄関に向かう。



「先生すみません、お待たせしました」

「いえ、突然押しかけてすみません……。……平澤、こんばんは」

「……えっ、河原……先生……」



 そこに立っていたのは、まさかの河原先生だった。



 想定外の人物に益々心拍数が上がる。胸が苦しくて、張り裂けそうだ。



「熱は、大丈夫か?」

「……大丈夫です」



 そう答えると、少しホッとしたような表情を浮かべて更に言葉を継ぐ。



「これ、今日配布のプリントだ」

「あ……ありがとうございます」



 先生からプリントを2枚受け取った。その上に、付箋が1枚貼られている。



【学校に来れた日の放課後、教室で話したい】



「…………」

「……じゃあ、届けに来ただけだから帰るな。すみません、お邪魔しました」



 そう言ってお母さんに頭を下げて、先生は外に出て行った。



「……」



 その後を追って、私も外に出る。

 すると先生は足を止めて、その場で立ち尽くした。



「…………河原先生」

「平澤、ごめんな」

「え?」

「俺が中途半端なばかりに、苦しめて」

「……」


 私に背を向けたまま、そう言った先生。

 どんな表情をしているのか分からないけれど、普段の先生からは想像もできないくらい小さくてか細い声に、心拍数が更に上がる……。


「お前の気持ちに応えられないって言っているくせに……。お前と柚木先生がキスしているところを見たら、凄く嫌な気持ちになった」

「……」

「付箋にも書いたけど、学校に来れた日の放課後、少し話そう。伝えておきたいことがある」

「………」



 言葉が出てこない。


 黙って俯いていると、先生はそっと振り返って私の頭に触れた。



「……ゆっくり休んでくれ。また学校で会おう」

「………」



 触れられた頭が熱い……。


 河原先生はゆっくりと口角を上げて、車の方に向かって歩いて行った。




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