前日準備

1



 河原先生とは気まずいまま、体育祭前日を迎えた。



 得点係の準備は、競技ごとの計算表の印刷と、大きな得点板の設置。生徒3人と先生1人しかいないけれど、今日の準備では大変なことは何も無い。



「よし、得点板設置と印刷で分かれてもらう。……とはいえ、設置は力仕事だからな。大川と佐川の川コンビに頼むぞ」

「うぃっす」



 実は、得点係の1年生と3年生は男子だ。だからまぁ、こうなることは薄々想像できていた。仕事を分けるなら、どうしても男女別になる。



「平澤は印刷を頼む。ほら、パソコン室の鍵とUSBだ。この中にデータが入っている」

「……分かりました」



 ジッと私の顔を見つめていた河原先生を無視して、鍵とUSBだけ受け取る。一切先生の方は見ずに、私はパソコン室に向かって歩き出した。



 正直、気まずい。先生と、話したくない。



 本当は先生に聞きたいことが沢山あるのに。



 あの時どうして追い掛けてきたのか。

 どうして圭司を教室に帰らせたのか。

 どうして抱きしめたのか。



 だけどその全てに触れてはいけないような気がして、言葉は胸の奥底に隠す。






「しかし……寂しいなぁ」



 広いパソコン室に私1人。

 唾を飲み込む音が響くくらい静かな部屋に、何とも言えない不安感を覚えた。




「……はぁ」




 思わず溜息が零れてしまう。



 体育祭、本当にやりたくない。河原先生と一緒が良いと思って立候補した得点係も微妙だし。むしろ、先生との関係が悪化している気がする。


 もう、自分がどうしたいのか。それすらも分からない。





  ガラッ





「……」



 静かに開いた扉。

 そこに現れたのは河原先生だった。



「平澤、どうだ。印刷」

「……ぼちぼちです」



 心拍数が上がり、顔が熱くなる。しかも私は先生の顔を見ないから、我ながら少し挙動不審だ。



「……そうか」



 部屋に入り私の隣に座った先生。あんなに傷付いたのに、それでも私の心は単純で、ときめいて苦しくなる。



「……」



 無理すぎる。素敵で、存在すら愛おしくて。大好きが溢れて、胸が苦しい。



 そんな感情を抑えながらパソコンと向き合う。

 ひたすらデータを開いては印刷の実行を行った。



「……」



 プリンターの音とマウスのクリック音だけが響くパソコン室。



 隣に座った河原先生は、じっと私のパソコン画面を眺めたまま何も言わない。そんな私も、何を話せば良いのか分からなくて、何も言わない。



 せっかく2人きりなのに。


 今もまた、何を話せないでいた。





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