2



 柚木先生が居たのは、視聴覚室だった。

 誰もいない部屋に1人。先生は、生徒椅子に座っていた。



「柚木先生、何しているのですか」

「それはこちらの台詞です。授業をサボって良いと思っているのですか」

「だって……」

「また、河原先生?」

「………」



 指摘され、また目に涙が浮かぶ。一粒零れると、先生は溜息をついた。



「何があったのですか」

「……河原先生に抱きしめられたんですけど、魔が差したって言われました」

「……は?」



 呆れたような声の後、先生は大きく溜息をつく。そして唇を少しだけ噛み締め、呟くように言葉を発した。



「だから、河原先生は駄目だと言っているのです。泣くくらいなら、他に目を向けて下さい」

「……前にも言いました。他とかじゃなくて、河原先生が良いんです」

「そんな仕打ちをされてもですか?」

「……はい」



 鼻を啜りながら柚木先生に抗議をする。先生は眉間に皺を寄せたまま、また溜息をついた。



「河原先生に拘る意味が分かりません。何なのですか、本当に見ていられませんよ。平澤さんが傷付くところ」

「……」

「河原先生じゃなくても、他の人がここにいるじゃないですか。他では……僕では、駄目ですか?」

「…………え?」



 言葉の意味が分からなかった。頭で理解しようと脳をフル回転させるが、やはり理解できない。


 柚木先生は頬を赤く染め、先程よりも強く唇を噛み締めている。その先生の様子が、更に理解できない。



「……先生、意味が分かりません」

「そう……。なら良いです。今はまだ分からなくて良いです」



 頬が赤いままの柚木先生は、自分の隣の椅子を叩いて私に座るよう促した。大人しく従って椅子に座ると、満足気に先生は微笑む。



「次の2 限、僕の授業ですよね?」

「……あ、そうです」

「僕の授業は出て下さいね。サボったら評定1にします」

「え、鬼!」

「いいえ。これでも優しさの塊です」



 なんて言いながら、柚木先生はそっと私の頭を撫でた。ポンポンと優しい手つきに驚きが隠せない。



「……先生?」

「……平澤さんのこと、僕なら泣かせないのに」

「え?」



 どこかで聞いたような言葉。

 そういえば、圭司も似たようなことを言っていたことを思い出す。



「……僕は、河原先生のようなことは、しません」



 小さくそう呟いた柚木先生。

 床に視線を向けたまま、静かにそっと目を伏せた。





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