ここにいる

1



 行く宛もなく彷徨う。



 授業は受けたくないけれど、行く場所もない。


 本当に悔しい。悔し過ぎて、感情のやり場が無い。



「……悔しいな」



 グラウンドに続く石段に座り、自分の身体を抱く。



 先程感じた河原先生の体温と、腕の力強さ。その感覚がまだ鮮明に残っており、思わず目に涙が浮かぶ。



 抱きしめられて嬉しかった感情と、『魔が差した』と言われ傷付いた感情、そのどちらもが優位に立って胸が苦しい。





「……平澤さん、授業中ですよ。何しているのですか」

「えっ?」




 背後にある教室から聞こえてきた声。

 振り向くと、そこの窓から柚木先生が顔を覗かせていた。



「……柚木先生」



 その姿に、浮かんでいた涙が零れる。心配そうな柚木先生の表情に、より一層、胸が苦しくなった。



「平澤さん、こちらに来て下さい」

「……」



 小さく頷いてみる。

 行き場も無い私は、柚木先生の言葉に従うことにした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る