第33話 6月 新山さんの元カレ(6)
「それで、俺は一ノ瀬さんに捨てられるの?」
「それはみんなが勝手に言ってた冗談で、そもそも捨てるとか捨てないとか、ハル君はただの友達だから、そういうのじゃなくて」
「ただの友達かー」
もしかして、ハル君怒ってる?でも確かに自分のいないところでわけのわからない話のネタみたいにされたら誰だって嫌だよね。もし新山さんと付き合ってるなら尚更……というか、なんでみんな何も言わないの?どうしてそんなに急いでご飯食べてるの!?
「あ、じゃあ俺、体育委員の仕事あるから」
「俺も部活の方行ってくるわー」
「……俺も」
「美紀はジュース買いに行こうかな~」
「私も先生に呼ばれてた気がする」
お弁当どころじゃないわたしとは反対に、猛スピードでお昼を食べ終えたみんなが、逃げるように去っていく。
「え、悠子と美紀も行っちゃうの!?」
「心配しなくても戻って来るから。緑はゆっくりごはん食べなさい」
お母さんみたいなセリフを言いながら立ち上がった悠子は、「大丈夫よ」と微笑んだあとで、ハル君を見た。
「じゃあそういうことだから青山君、緑のことよろしくね」
「どうもありがとう、松本さん」
どちらも作り物みたいな笑顔と声色で会話するから本心が読めない。前から少し思っていたけれど、二人はあまり仲良くないのだろうか。結局、わたしとハル君、それから玲君の三人だけになってしまった。
「一ノ瀬さん」
「は、はい」
「ははっ、なんで敬語?」
「ハル君のいないところで変な話をしちゃったのが申し訳なくて……ごめんなさい、嫌な気持ちにさせて」
「それは気にしてないから、顔上げて」
「でも……」
「一ノ瀬さん、彼氏欲しいの?」
「……え?」
思わず顔を上げると、購買で売っている焼きそばパンの袋を開けるハル君と目が合った。お昼、まだ食べてなかったんだ。
「さっき紹介とか聞こえたから」
「それは……」
お昼も食べないで、今まで何をしていたのだろう。ずっと新山さんと二人で居たの?クラスの応援もしないで?
「……ハル君には関係ない」
「え?」
「わたしが誰かを紹介されたとしても、ハル君には関係ないでしょう?」
自分でも、どうしてそんなことを言ったのかわからない。でも心臓の奥の方がモヤモヤして、すごく嫌な気持ちでいっぱいだった。
「……ねえ、怒ってる?」
「怒ってない」
それだけ答えて、途中だったお弁当を口に運ぶ。別に怒ってない。ハル君がどこで何をしてても、それに口を挟む権利はないし、何か思うこと自体が間違っている。友達なんだから。
「……ハル君は?」
「ん?」
「新山さんと付き合ってるの?」
いっそのこと付き合ってると言ってくれたらすっきりする。みんなも納得して、変な冗談も言わなくなる。わたしのこのモヤモヤだって……。
「唯のこと、気になる?」
ハル君はずるい。
そんなこと聞かなくていいのに。聞かれたら、考えないといけなくなる。気づきたくないのに、気づいてしまう。
恋に落ちたわけじゃない。
きっかけなんてわからない。いつからかもわからない。カッコいいからとか優しいからとか、そんな簡単な理由もない。ただ、嫌だと思ってしまった。新山さんと並ぶハル君の背中が、「ゆい」と親しげに呼ぶ声が、今も微かにする香水の匂いが……その全部が嫌だと思ってしまった。
“新山さんの元カレ”
その事実ですら嫌だと思った。
気づいたときには落ちるどころか溺れていた。
「ハル、食べ終わったならリレーの集合場所行かないと」
玲君がそう声をかけたのは、昼休みが終わりに近づく頃だった。
あれからハル君の問いに答えることなく、わたしたちは無言のままお昼を食べ終えていた。スマホを見ると「今から戻る」と悠子からのメッセが来ていた。
このままではだめだとわかっているけれど、何を話しかけたらいいのかわからなかった。気づいてしまった気持ちを、まだ自分でも処理できていない。
「一ノ瀬さん、俺この後リレーなんだけどさ」
「……うん」
「やっぱ、これちょうだい」
そう言ったハル君が、首にかけていたハチマキに触れた。
「……でもハル君は新山さんと」
「俺は一ノ瀬さんに応援して欲しい」
「……」
「交換してくれないとリレー走れないかも」
「え……え!?」
「お願い」
ずる過ぎる。その言い方は卑怯だ。そんな風にお願いされたら断れるわけないのに、それをわかっていてこんなこと言うなんて。
「わかったよ。その代わり絶対一番でゴールしてよ?」
「約束する」
それからお互いの手首に水色のハチマキを巻き付けてリボン結びにする。これなら名前が見えないから、きっと交換したことも気づかれない。
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