第32話 6月 新山さんの元カレ(5)
鬼のように詰め寄る二人に怯えながら聞き返すと、二人は顔を見合わせてから何かを察したように頷く。それから溜息を吐いた悠子がわたしを見て言った。
「本当に気づいてないなら、自分の気持ちに気づくいい機会なんじゃない」
「自分の気持ちって……何の話?」
だって本当に何も思っていなかった。
新山さんが私たちの教室にハル君を呼びに来るようになったのは、この二週間くらいの話で、それがハル君の元カノだと村上君に聞いた時も、特別何も思わなかった。ただ大人っぽくて美人で、ハル君と良く似合う子だと思ったくらいだ。
ハル君はあの子が呼びに来ると、いつもすぐに教室を出ていく。だから二人がどんな話をしているかも知らないし、戻って来たハル君に聞くこともない。もし噂通り復縁したのだとしても、わたしが口を挟むことなんてない。
本当にそう思っていた。気にしていなかった。さっきまでは……。
午前のプログラムがすべて終わり、昼休憩に入ることを知らせる放送が流れる。悠子と美紀はすっかりいつもの調子に戻って、委員会の仕事から戻って来た村上君と何か話して盛り上がっていた。そのうちに、よっしーや里中君、玲君も合流して、お昼どこで食べようかと話し始める。でも、ハル君だけが戻ってこない。
「緑!あっちの日陰の方で食べよう!」
悠子が手を振って呼んでくれる。だからお弁当の入ったバッグとハル君から貰ったオレンジジュースを持って、みんなのもとに駆け寄った。
「そういえばハルは?」
「ハルならさっき唯と中庭の方にいた」
「へーあいつらやっぱ復縁したのか?」
「さあ?玲知ってる?」
「知らない興味ないノーコメント」
「いや、今の絶対知ってるだろ」
男子たちがハル君と新山さんの話題を口にしている間、悠子と美紀は無言のままお弁当を食べていた。その沈黙が逆に怖いと感じる。それから……ハル君がここに居ないのはやっぱり寂しいと思った。
こんな風に青空の下でみんなでお昼を食べることなんて体育祭くらいなのに、そこにいつも居るハル君は居ないのは寂しい。もし本当にあの子とまた付き合っているなら、これからはこうしてわたしたちとお昼を食べることも減るのだろうか。
「ハル君、もう一緒にお昼食べないのかな」
「……え、なに、可愛すぎて緑を今すぐ連れて帰りたいんだけど」
「美紀もきゅんとし過ぎて死ぬかと思った」
二人の言葉に、自分がそれを口にしていたのだと気づく。
「違うの!今のは変な意味じゃなくて!」
「一ノ瀬、俺もきゅんとしたぜ」
「うん。いまのはやばかった。たいていの男殺せるよ」
「よっしーも村上くんも揶揄わないで!本当に違うの!」
「一ノ瀬ってハルのこと好きなの?」
「里中君、違うから!誤解だよ!」
「あはは、緑ちゃん顔真っ赤~もうハルなんて捨てちゃいなよ」
「玲君!」
慌てるわたしをよそに話はどんどん膨らんでいき、いつも冷静な悠子までもがヒートアップしていく。
「そうよ緑!青山君なんて捨てればいいのよ!緑にはもっと似合う男がいるから、えっと、そう!5組の松原なんてどう?前に紹介して欲しいって言われたの!」
「え、だれ!?」
「弓道部で背も高くて成績もいいから悪くないと思うの。まあ顔は青山君と比べると劣るけど、でも悪くはない!どう!?」
「あ、でもそれなら俺の部活の先輩も一ノ瀬のこと気になるって」
「それなら美紀の同中の男子も、去年の学祭で緑見て紹介してって言ってたんだよね」
「待って、みんな待って!わたし全然話についていけてないんだけど!」
「つまりハルなんて捨てればいいってことだよ、緑ちゃん」
私の正面に座る玲君が楽しそうにそう言った直後、何故かみんな急に凍りついたように黙り込んだ。それを不思議に思うわたしの頭上に影が出来る。誰かいる?その気配に見上げようとしたとき、待ってた人の声がした。
「俺、一ノ瀬さんに捨てられるんだ?」
「ハル君!」
突然現れた彼は当然のように隣に座ると、驚くわたしの顔を覗き込んで「ただいま」と言った。いつもの優しい笑顔なのに、その瞳の奥は笑みではない鋭さを感じるのは気のせいだろうか。目を逸らしたいのに、逸らせない。
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