第31話 6月 新山さんの元カレ(4)
「一ノ瀬さん、これ置いておくから」
「え?」
ハル君の言葉に、自分の椅子の上を見るとオレンジジュースのペットボトルが置かれていた。
「え、どうしたの?」
「玉入れ頑張った一ノ瀬さんにプレゼント」
「そんな、悪いよ!それにわたし全然上手く出来なくて」
「頭に当たってたもんね」
「ハル君も見てたの!?」
「たぶんみんな見てたよ」
その言葉に、周りにいたクラスメイトたちまで頷くから、さらに恥ずかしくなる。穴があったら入りたい。
「オレンジジュース好きでしょ?これ飲んで元気出してよ」
「なんだか申し訳ないけど、ありがとう」
「どういたしまして」
きっと元気がないことを気にして用意してくれたのだろう。本当に優しくて気が利いて、ハル君みたいな人が……。
「えっと、ハル君は次、午後のリレーだよね」
「うん。一ノ瀬さんが応援してくれるんでしょ?」
「もちろんだよ!」
頭の中で不意に浮かんだ考えをかき消すように、わたしは力強く答えた。
何考えてるんだわたし!ハル君は友達で、そもそもハル君とわたしでは釣り合わない。きっとハル君には外見も内面も、キレイで大人で素敵な人が似合う。
「なら、負けないや」
そう笑ってくれたハル君に、心臓がぎゅっとなる。
「あ、始まるよ!」
クラスメイトの声で、この場にいた全員がよっしーたちのいるスタートラインに注目する。隣に立つハル君が、大きく手を振っている。だからわたしも悠子たちに手を振ろうとした時だった。
「ハル!」
空気を裂くみたいに後ろからした声に、わたしは上げかけた手を止める。
それからスタートを合図するピストルの音に重なって、その子の名前を口にする声が聞こえた。
――ゆい
ハル君が下の名前で呼ぶ女の子。
トラックではよっしーと里中君が練習の成果を発揮するように駆け抜けて、一番でゴールテープを切っていた。わたしもクラスのみんなと一緒にその姿に慌てて手を振るけれど、全然集中できなかった。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
わたしの耳元でハル君がそう言った時、上手く頷けたかわからなかった。たださっきまで近くにあった体温が、離れていくのを感じた。
「どうしたの、唯」
聞こえてくる声が、甘く感じるのは気のせい?気になるのに、振り返ることも出来ない。
「今の新山さんだよね」
「あの二人、復縁したって本当なのかな?」
「緑ちゃん、なんか知ってる?」
聞きたくないのに耳に入ってくるクラスメイトの会話に視線を合わさずにいると、急に話題を振られる。確かに今ここにいる中でハル君と一番仲がいいのはわたしだ。
「え、あ、ううん。ハル君そういう話しないから」
その噂を知らなかったわけじゃない。でも今までは気にも留めなかった。なのに今日はこんなにもハル君のことが気になってしまう。
「あ!次、悠子ちゃんたちだね!」
「本当だ!悠子ちゃーん!美紀ちゃーん!」
みんなと一緒に盛り上がらないと。ハル君のことはわたしに関係ないのだから。それよりも悠子と美紀を応援しよう。楽しまないと。
「ゆうこー!みきー!」
身体を巣食うもやもやをかき消すように、わたしは二人の名前を叫んだ。
◇ ◇ ◇
「で、青山君はどこに行ったの?」
「まさか新山唯に盗られたとか言わないでしょうね」
二人三脚リレーの三組目で登場した悠子と美紀は見事1着でゴールした。もちろんその姿に応援していたわたしたちも大盛り上がりだったのだけれど……どうしてか今、戻ってきた二人はもの凄い形相でわたしに詰め寄っている。
「と、とられたって……何か用事があったんじゃない?」
「別にわざわざ呼び出す必要ないでしょう」
「もしかしたら大事な話かもしれないし」
「体育祭の最中に?美紀たちの応援もせず?」
「それは……」
「だいたい何回目?呼ばれる度にほいほいついていくあの男もなんなの!?」
「ほんとーに!緑を口説きながら元カノとも良い感じとか……ダメだ、あの澄ました顔を殴りたい」
「ちょっと、美紀も悠子も落ち着いて!それにハル君が誰と付き合っていてもわたしには関係ないから!」
そう、関係ない。友達なんだから、何も気にする必要なんてない。
「あのさ緑、それ本気で言ってる?」
「鈍いのも可愛いって言ったけど、流石にその態度は美紀もイラっとしちゃうよ?」
「待って!二人とも変だよ!何が言いたいの?」
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