第30話 6月 新山さんの元カレ(3)

「青山君も不憫ね」

「松本さん、顔が嬉しそうだよ」

「ああ、ごめんなさい。おもしろくて」


 悠子の言葉に苦笑いを浮かべたハル君が、「ありがとう」といつも通り優しく笑いかけてくれる。なんだか自分だけ話についていけてない気がする……。


「そろそろ開会式始まるね」


 玲君がそう言うと同時に、グラウンドに放送委員の声が響く。

 クラスのみんなも自分の椅子の場所に戻って来た。美紀と悠子と並んで座るわたしの隣にハル君が座り、その奥に玲君。里中君とよっしーはわたしたちの後ろに座り、体育委員の村上君は最前列の席に座っている。


「一ノ瀬さん、大丈夫?」

「え?」

「元気ないから」


 校長先生の開会の言葉や選手宣誓が行われる中で、ハル君が声を潜めて聞く。ときどき思うけど、ハル君って距離が近い。


「大丈夫。ちょっと緊張してるだけ」

「一ノ瀬さんは玉入れと綱引きだっけ?」


 そう。運動神経が良いとは言えないわたしは、なるべくみんなの足を引っ張らない種目にエントリーしている。クラス対抗リレーに選ばれているハル君たちとは大違いだ。


「わたしもハル君みたい何でも出来たら良かったのに」

「……そういう風に見えるんだ」

「え?」

「あ、じゃあさ、これ交換する?俺のパワーあげられるかもよ」


 そう言ったハル君が、クラスカラーの水色のハチマキを差し出した。


「だ、だめだよ!わたしなんかが使えない」


 自分の名前が書かれたハチマキはこの高校の伝統アイテムの一つで、カップルが交換したり、この交換をきっかけに告白したりする、とっても重要な恋アイテムだ。現に悠子は村上君の名前が書かれたそれを、一つに結んだ髪にリボンにして飾っている。だからハル君と交換なんて、絶対にダメだ。


「なんで?お守りっぽくていいと思うけど」

「ハル君はこのハチマキの重要性をわかってないんだよ」

「……去年は彼女と交換した」

「え?」

「恋愛じゃなくても、元気がない友達を励ますために使ってもいいと俺は思うけどね」


 確かにハル君の言う通り、女子の中では友達同士で交換している子も多い。わたしが知らないだけで、男女の友達でも交換している生徒だっているかもしれない。憧れの先輩に貰ったと喜んでいる子もいる。ハル君がわたしを励ますために提案してくれたなら、受け取ってもいいのかもしれない。


 でもそれ以上に、胸の奥が苦しかった。何でもないように言われた「彼女」という響きが、なぜかぐるぐると頭を回る。


「一ノ瀬さん?」

「あ、えっと、ありがとう。でも気持ちだけで充分元気出たから」

「……そっか。じゃあ、玉入れと綱引き全力で応援するよ」


 そう言って笑うハル君に、わたしはどうにか笑顔を返す。


 なんでだろう。なんでこんなにも苦しくなるの?ハル君は友達なのに。



◇ ◇ ◇



 開会式が終わるとすぐに最初の種目が始まり、クラスのみんなもそれぞれのエントリー種目や部活対抗リレーの準備、委員会の仕事などで忙しく動くから、人数分並べられた椅子にクラス全員が揃うことはない。その時間に手が空いている子が集まって応援もするけれど、他のクラスの友達のところに遊びに行ったり、木陰で休んでいる子も多い。ハル君とも、開会式中にあんな話をして以来、ずっと顔を合わせていない。


 玉入れが終わりクラスの場所に戻ると、ちょうど美紀と悠子が二人三脚リレーに向かうところだった。


「緑おつかれー」

「応援聞こえた?」

「遠くてわかんなかったけど、心で感じてたよ~」

「あはは!一番向こうだったもんね!」

「途中で頭に当たってなかった?」

「え、うそ!見られてたの?」


 あの姿を見られていたなんて恥ずかしすぎる。


「次は緑が応援してね!」

「もちろんだよ!よっしーたちも出るもんね」

「よっしーと里中君、張り切って先に行って練習してるんだよ!」


 その姿を想像したら可笑しくて笑ってしまう。

 それから美紀と悠子を送り出し、クラスの他の子たちと応援グッズを手にする。クラスには色んなタイプの子たちがいるから、全員が仲良しというわけではないけれど、それでもほとんどの子とは仲が良くて、こうしてグループが違っても自然と輪に入ることはできる。


「一ノ瀬さん、お疲れ」

「ハル君!」

「もう始まる?」

「もうすぐだよ!よっしーたち第1グループだからあそこにいる!」


 開会式ぶりに顔を合わせたハル君が、わたしの隣に立つ。


「青山君、応援グッズいる?」と女の子たちが聞き、いつもの爽やかな笑顔でハル君が「ありがとう」と受け取る。別によくある普通のやり取りなのに、身体の奥がソワソワする。今日のわたし、なんだか変だ。

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