第29話 6月 新山さんの元カレ(2)


 でも悠子の言った通り、美紀は入学以来ずっとモテ続けている。一年の時も同級生だけじゃなく先輩たちにも告白されていたし、一緒に遊びに行くとナンパやスカウトに遭うことも日常茶飯事だ。

 茶色に染まる長い髪と長い手足。顔は小さいのみ目は大きくて、誰が見ても美人だと言うだろう。初めて会った時はあまりに完璧過ぎて、お人形さんかと思ったくらい。それでいて性格も明るく社交的。よく笑うしよく食べて、みんなに優しい。

 だから美紀がモテるのは必然で、どうして彼氏を作らなのかも不思議だった。一度理由を聞いてみたけれど「美紀は理想が高いの」とはぐらかされてしまった。


 ちなみに悠子も村上君と付き合い出す前はよく告白されていた。二年で二人が同じクラスになるまでは、彼氏の目を盗んで悠子に声をかけに来る男子もいたくらいだ。美紀の話だと中学の時にも彼氏がいたみたいで、わたしたちの中では一番恋愛経験が豊富なのが悠子だ。

 それにクールでサバサバしていて男女ともに人気者の悠子は、その母性溢れる性格も魅力的だけど、ぽってりとした唇や小柄なのに出るところは出ている体型が同性のわたしから見ても色気を感じてドキドキしてしまう。いつも緩く巻かれている髪や、綺麗なカールを描く睫毛も、悠子はいつも“ちゃんと”していて憧れる。


 そんな二人に刺激されて、わたしも自分を磨きたいと思うけれど、なかなか上手くいかない。好きなものを選ぶと、どうしても子供っぽくなってしまう。


「緑はね、この滲み出る純粋さが魅力なんだよ?」


 魅力的な二人に挟まれることに申し訳なさを感じていると、それに気づいたのか美紀が優しくフォローしてくれる。


「わたしよりも二人の方が魅力的だよ」

「そういう謙虚さも可愛い!あと鈍感なところも」

「え、鈍感!?」

「うん。だから男子もアプローチに困ってるんじゃない?」


 美紀の言葉に、わたしはポカンと間の抜けた顔をするしかないのに、何故か村上君が「あーだから紹介か」と納得したように言う。


「でも、わたし、誰も紹介されてないよ?」


 そう。誠人君と別れてもうすぐ一か月が経つけれど、みんなが言うようなことは一度もなかった。だからみんなの顔を見るけれど、なぜか悠子も美紀も、村上君までもが視線を逸らす。その中で唯一目が合ったのは玲君だった。


「緑ちゃんの周りは守りが堅いから、下手に紹介したら僕たちが危ないからね」

「守り?」

「そうそう、変な奴紹介したら松本と澤村に殺されそう」


 よっしーがそう言って笑った後で、玲君がまたあのニコニコした笑みのまま「あとハルね」と付け加えた。それに首を傾げたのは、わたしとよっしーの二人だった。


 確かに悠子と美紀は、誠人君の一件があって以来、それまで以上にわたしのことを大切にしてくれているのが伝わってくる。だから「守ってくれている」のだとしたら、その気持ちが素直に嬉しい。だけど、そこにハル君の名前が加わる理由がわからない。もちろんあの時も色々助けてくれて、いつも気にかけてくれているのは伝わるけど、ハル君のそういう優しさは、わたし限定ではない。ハル君はみんなに優しいのだから。


「どうしてハル君?」

「俺が何?」


 後ろからタイミングよく聞こえた声に振り返ると、ハル君と里中君が立っていた。


「びっくりした」

「一ノ瀬さんが俺の名前呼んだ気がしたから飛んできた」


 そう言いながら「はい、応援グッズ」とみんなで作った応援グッズの入ったダンボールを、ハル君が村上君に手渡す。


「さんきゅー、これで全部?」

「あと夏生の持ってる紙袋にもある」

「おっけー、じゃあみんなに配って来るわ」


 そう言った村上君に、里中君とよっしーも「手伝う」と言ってついていく。

 だからわたしたち女子三人とハル君と玲君が取り残される。


「それで、何の話してたの?」 

「青山君が最近緑にベッタリでムカつくって話よ」


 答えたのは悠子だ。

 そんな話は一つもしてないのに。


「ハル君、違うの。えっと悠子と美紀がモテるって話を、」

「嫌だった?」

「……え?」

「最近一ノ瀬さんとよく一緒に居るのは事実だから。もし嫌だったなら、この椅子の位置も替えるけど」


 ハル君が、捨てられた子犬みたな顔でわたしを見るから、慌てて首を横に振る。悠子がやってくれたツインテールがぶんぶんと揺れるほどに。


「まさか!ハル君は大事な友達の一人だから全然嫌じゃないよ!」

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