第24話 5月 誠人君の浮気相手(6)


「なんで青山が言うの?」


 戸惑いと苛立ちを含む誠人君の言葉に、青山君は「友達だから」と答えた。それから一度わたしを見てから、あの教室で見た甘ったるい笑みを零した。きっと私にしか見ていない。


「松本さんも言ってたけど、一ノ瀬さんを傷つけたお前に、俺ら全員腹立ってるから。本当は話し合いすらさせたくない。だからせめて彼女に触れないで?できればこの先、一生」

「青山君」

「ごめんね、俺のわがまま」


 優しく微笑んだ青山君が「待ってるから」とわたしの髪に触れる。

 誠人君は青山君と睨むように見ながらも、何かを言い返すことはなく、伸ばしていた手を引っ込めると、「行こう」とわたしに言った。


「青山君ありがとう。行ってくるね」

「本当は行かせたくない」

「大丈夫。すぐに戻るから」


 本当にそう思えた。

 わたしはもう大丈夫で、この話し合いもきっとそう長く時間はかからない。

 だから作っていない本当の笑顔を青山君に見せて、わたしは誠人君の後を追った。



 それがわたしの初恋の終わりで、わたしと誠人君の恋の終わりだった。


 予想した通り、別れ話は拗れることなくすんなりと終わり、わたしはみんなが待つ部屋に、誠人君は橘さんが待つ部屋に戻った。

 カラオケルームの扉を押すわたしの心はビックリするくらい軽くて、中から聴こえてきたよっしーの歌声に、自然と笑顔がこぼれた。


「みどり!」


 わたしに気づいた美紀の声に、みんなの顔がこちらを向く。

 不安と心配を隠し切れない顔が、たまらなく愛しいと思った。


「悠子!美紀!ふたりとも大好きー!!」


 ありったけの声で叫んだわたしは、ソファに座る二人に抱きついた。

 その瞬間、悠子の大きな瞳から涙が零れだし、「やだっ悠子泣かないでよ」なんて言いながら、美紀もわんわんと声を上げて泣き出した。

 

「青春サイコ-!お前らマジ可愛いぜー!」


 マイクを持って叫ぶよっしーに、わたしは自分が笑っているのか泣いてるのかわからなくなる。ただ幸せだと感じていた。



◇ ◇ ◇



カラオケからの帰り道、わたしは青山君と最後尾を歩いていた。


「なんか、青山君にはカッコ悪いところしか見せてないな」

「そう?」

「うん。助けられてばっかり」

「じゃあ、俺は一ノ瀬さんにカッコいい姿を見せられてラッキーだね」

「ふふ、でも本当にいつもカッコいい」

「そういうこと言われると、また一ノ瀬さんのこと好きになっちゃうんだけど」


 青山君の冗談っぽい口調につい笑ってしまう。


「青山君がモテる理由がわかる気がする」

「ん?」

「勘違いされちゃうよ?女友達にはそういうこと言っちゃダメだよ!」

「本気かもよ?」

「本気って?」

「もしかしたら、一ノ瀬さんが好きだから必死でヒーロー気取りしてるのかもよ?」

「……まさか。それはないよ」


 さっき誠人君に聞かれたとき、友達だとはっきり言ったくせに。

 褒め上手というか、天然で人誑しなのかもしれない。


「そうかな?一ノ瀬さん可愛いし良い子だから、誰だって一緒にいたら好きになる確率は高いと思うよ」


 あまりにも簡単にそんなことを言う彼に、わたしは本気にするなと心の中で言い聞かせる。


「青山君がわたしを好きになる確率なんて、地球がひっくり返るくらい、ありえない確率だよ!」


 私にそんな魅力はない。青山君や美紀みたいに、モテたことなんて一度もない。


「ふっ、ははっ」


 真剣に考えて答えたわたしに、彼は珍しく声を上げて笑った。


「笑わなくてもいいのに」

「ごめんごめん。でも本当に一ノ瀬さんは可愛いし、良い子で面白いなって。だから困っていたり泣いていたら助けたくなるんだよ?」

「うん……本当に感謝してるの。あと、友達って言ってくれてうれしかった」


 照れくささを隠したくて、頬にかかる髪を耳にかける。


「一ノ瀬さんの喜びポイントはそこか」

「本当だよ?ありがとうって何回言っても足りないくらい」

「どういたしまして」

恥ずかしさに俯きながら髪を耳にかけた。

「あ、何かお礼したいかも!」

「お礼?」

「うん。好きな食べ物とかある?」


 わたしの質問に青山君は少し黙り込んだ後で「名前」と呟いた。


「名前?」

「玲のこと下の名前で呼んでるでしょ?俺のことも名前で呼んで欲しい」

「……それは、なんか恥ずかしいかも」

「でも友達なら普通だと思うよ?」


 そういわれると何も言い返せなくなる。


「……えっと、じゃあ、ハル君?」


 口にした後、何も言わない青山君に不安になって、その顔を見上げたけれど、暗くてよく見えなかった。


「ハル君だとへんだった?もっとあだ名っぽい方がいい?」

「いや、ううん。それでいい」

「そっか……ハル君……ふふっ」

「何?」

「ううん。友達っぽいなと思って」


 一度呼んでみると、不思議なほどすっと馴染んだ。

 ずっと前からそう呼んでいたみたいに。


「そうだね。大切な友達だから、もう泣かないでね?」


 ハル君の優しさが、惜しげもなく私に注がれる。

 その事実に、なんだかまた泣きたくなった。



 私たちは友達だ。

 この日から、今もずっと。

 これからもずっと。




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