第22話 5月 誠人君の浮気相手(4)


 カラオケ開始から一時間が経つ頃には、みんなすっかり仲良くなっていた。

 歌って笑ってポテトも食べて、踊ったりドリンクバーに行ったりしているうちに座る場所もどんどん変わっていったけれど、わたしと青山君だけは最初と同じ場所にずっと居た。ときどき他愛もない会話をして、ときどき肩が触れる距離。

 その空間で自分が今、居心地が良いと思えていること。悠子や美紀や青山君、今一緒に居てくれているみんなのおかげだ。そのことに気づいたら、心が少し強くなった気がした。


「お手洗い行ってくるね」


 近くにいた悠子に声をかけて、私は一人部屋から出た。

 

 帰ったら誠人君に電話しよう。ちゃんと話をしよう。

 そう素直に思えた。



 トイレのあるフロアは一つ下の階で、エレベーターを使おうか迷ったけれど、行きも帰りも階段にした。みんな歌上手いなとか、次は何歌おうとか考えながら元のフロアに戻り、ドリンクバーのある通路を通り過ぎようとしたとき、グラスを手にする青山君を見つけた。


「青山君!」


 呼びかけるとすぐに振り返ってくれて、グラスと反対の手に持っていたスマホを、わたしに向けて軽く振った。


「階段なんだ」

「エレベーター待つのも退屈だから」

「たしかに」

「青山君は?誰かと連絡してた?」

「うん。ちょっとね。でももう戻るとこ」


 そう言って素早くグラスにジンジャーエールを入れた青山君と二人で並んで歩く。


「あのね、色々ありがとう」


 言えずにいた言葉を、やっと伝えられた。


「何もしてないよ」

「そんなことないよ。今日もこの前も、変な姿ばっか見せてる」

「……一ノ瀬さんが大丈夫なら、それでいいから」

「わたしが……」

「うん。だから俺のことは気にしないで」


 それならもう大丈夫かもしれない。

 青山君やみんなのおかげで、乗り越えることが出来そうだから。

 その気持ちを伝えようとした時、後ろから誰かに名前を呼ばれた。


 あまり聞きなれない声だった。学校の誰かだろうか。学校から近いこの場所なら、知っている誰かに会っても不思議ではない。そんなことを考えながら立ち止まり振り返った先には、一番会いたくない人の姿があった。


「やっぱり緑ちゃんだよね?」

「……橘さん」


 こんな偶然は酷すぎる。

 困惑するわたしを、橘さんは睨むように見た。


「何してるの?」


 聞きたいのは、わたしだって同じだ。


「何って、カラオケに」

「誠人君のこと散々無視して、自分は他の男と楽しくカラオケ?何それ?」


 わたしへの苛立ちを隠す気もない彼女の声はさらに勢いを増し、その瞳からぽろぽろと涙が落ちてくる。


「どれだけ誠人君のこと苦しめるの?好きじゃないなら開放してあげてよ!」

「待って、解放って何?わたしは誠人君が好きなだけで、苦しめることなんて」

「やめてよ!」


 突然大きくなった彼女の声に、身体が驚いて震えた。


「好きって本気で言ってるの?誠人君いつも悩んでたよ?緑ちゃんの気持ちが自分にないって!」


 それは初めて聞く真実。


「緑ちゃんはさ、部活ある日はいつも先に帰ってたよね?試合だって一度も応援来ないで、自分が動かないと緑ちゃんから来ることはないって!電話もデートも、いつも自分からだって!メッセのやり取りもいつも決まった言葉ばかりで、誠人君はいつも寂しそうにしてた!あたしには、あなたが彼を好きなんて到底思えない!」


 それは初めて気づく事実。


 放課後デートに憧れなかったわけじゃない。

 行きたい所は山ほどあった。

 でもいつも「忙しい」と言いながらも楽しそうに部活に行く姿を見ていたら、一緒に帰りたいなんて言えなかった。休みは疲れて一日寝てたと話す彼の休日を邪魔するようで、デートにも誘えなかった。部活の後、みんなでご飯行ったり仲良い子の家に泊まりに行くのも知っているから、電話をかけるタイミングにいつも迷っていた。メッセージだって、わたしなりに一生懸命悩んで考えて文章を考えていた。


 そんな風に誠人君に思われているなんて想像もしなかった。

 ちゃんと好きで、必死に恋をしていた。 


「私、誠人君が好きなの。誠人君も緑ちゃんよりも私の方が好きだって」


 何も言い返せず黙るわたしに、橘さんは迷うことなく彼への想いを口にした。



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