第21話 5月 誠人君の浮気相手(3)
彼らの様子を見ていた悠子と美紀は「青山君どうしたの?」と驚きながら戻ってくる。
「わからない……けど、助けてくれた」
わたしにも正直わからなかった。
どうして青山君があんな行動に出てくれたのか。
二人が何を話して、誠人君を教室から連れ出してくれたのか。
「ハル、どこ行ったの?」
様子を見ていたのであろう村上君たちも集まって来るけど、わたしからどう説明すればいいのかもわからなくて困っていると、青山君が教室に戻ってきた。
みんなの視線が、ゆっくりとこちらに歩いてくる彼へと向く。
「青山君、あの」
「一ノ瀬さんは今日、俺らとカラオケに行くから一緒には帰れないって伝えておいた」
「……カラオケ?」
「うん。だから連絡も取れないって」
いつもは優しく感じる青山君の笑顔が、この時はなぜかひどく甘ったるく見えた。彼はいったいどういう人なのだろう。初めてそんな興味が湧いた。
「待った!カラオケ行くなんて俺は聞いてない!」
突然、わたしと青山君の間にクラスメイトの吉村君が現れた。
いつも青山君や村上君と一緒にいる男子グループの一人だ。バスケ部らしく背も高く、いつもとても明るいクラスのムードメーカーのような男子だ。
「ねえねえ、せっかくだしみんなで行こうよ!」
気づけば数人の輪が出来ていた中で、美紀が右手を挙げてそう言う。
そこからはみんな一気に盛り上がって、村上君たちの男子グループと、わたしと悠子と美紀の三人でカラオケに行くことになった。さっきまでの息が詰まるような空気はもう教室のどこにもなく、わたしも気づいたら笑っていた。
青山君や結局、教室でもカラオケまでの道のりでも、誠人君と何を話したかは教えてくれなかった。だからわたしも、誠人君の話題を口にすることはなかった。
「一ノ瀬さんは何飲むの?」
20人は入れそうな広々としたパーティールームで、わたしと青山君は隣に座っていた。反対側の隣には美紀が座り、その隣に悠子が居る。
「えっと、わたしはオレンジジュースにしようかな」
「一ノ瀬さんっぽいね」
「子供みたいだよね。青山君はアイスコーヒーとか飲んでそう」
「いや、ハルはカラオケだとだいたいジンジャーエール!」
テーブルを挟んで対面のソファに座っていた吉村君が、私たちの方へと身を乗り出して話しかけてくれる。
「吉村君と青山君って仲良いんだね」
「そんなことないよ」
「おい!ハル、親友だろ!?」
「なった覚えない」
二人の会話に思わず笑ってしまう。
「あ、というかさ、吉村君って堅いから俺のことはよっしーでいいよ!」
「よっしー!美紀のジュースも取ってきてー!」
「いや、順応早いな!」
吉村君、改めよっしーの美紀に対する突っ込みに、みんな声を出して笑う。
「出た!澤村の小悪魔攻撃!」
「ちょっと!村上君失礼!悠子ちゃんと躾してよ!」
「嫌よ。否定できないもの」
誰かが口を開くたびに笑いが溢れて、心から楽しいと思えた。
あのまま家に帰っていたら、きっとこんな明るい気持ちになれなかった。
「あの二人、タイプ全然違うのに仲良いよね」
青山君がそう言ったのはきっとわたしにしか聞こえていなくて、肩が触れそうな距離の近さに、意識をしていなくてもドキッとした。
「悠子と美紀は小中高と一緒なの。わたしは高校に入ってから仲良くなったんだけど、最初は二人があまりに美形過ぎて喋るのも緊張したんだ。でも二人とも良い子で、悠子は頼れるお姉さんって感じで、美紀は見た目が超美人なのに中身は妹みたいで可愛いの!」
「へー俺から見ると二人は一ノ瀬さんを守る戦士って感じがする」
「ふふっ何それ」
青山君の例えが面白くて笑っていると、彼の隣に座っていた玲君が顔を出して「たしかに緑ちゃんは二人に守られるお姫さまって感じだよね」と言う。
「そういえば、玲って去年も一ノ瀬さんたちの同じクラスか」
「うん。玲君とは一年のレクリエーションも同じ班だったよね」
「ねー」
玲君は青山君とはまた違うタイプのイケメンで、中世的でアンニュイな雰囲気で隠れファンも多かったりする。でもいつもどこかミステリアスで、こんな風に仲の良い友達がいることも一年の時は知らなかった。
「玲君と青山君はいつから友達なの?」
「坂上君じゃないんだ」
「……え?」
「あ、いや、一ノ瀬さんが男子のこと下の名前で呼んでるの珍しいから」
「……たしかに。いつからだろう?気づいたら玲君って呼んでたね」
「ね。俺も気づいたら緑ちゃんだったな」
「ふーん。仲良いね」
それから青山君と玲君は幼馴染で、村上君は中学が同じなのだと教えてくれた。吉村君とは一年の時に同じクラスになったことがきっかけで仲良くなり、その吉村君の中学からの友人である里中君とも一年の時から一緒に遊んだりしていたらしい。
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