回想-② 誠君の浮気相手

第19話 回想-② 誠人君の浮気相手(1)

 初めて彼氏が出来たのは、高校に入って最初の夏休みだった。

 同じクラスの多田誠人タダマコト君。


 名前の通り、優しくて真面目でわたしの事を一途に想ってくれる人。


 サッカー部の彼は毎日忙しそうで、デートもほとんど出来なかったけれど、

休み時間はいつもわたしの話を聞いてくれた。クリスマスに行った水族館デートの帰り道、初めてのキスもした。


 だからわたしは幸せで、誠人君とずっと一緒だと思っていた。


 でも、少しずつ距離を感じるようになったのは、春休みを迎えた頃だった。不思議なことに、一度距離を感じ始めると、そこからは転がり落ちるように、不安や疑惑が押し寄せてきて、連絡を取ればケンカの日々が続いた。


 だから二年になり、別のクラスになった時は正直ホッとした。

 教室では顔を合わせなくなった分、わたしも悠子や美紀と過ごす時間が増えて、恋愛でいっぱいになっていた時よりも気持ちに余裕が出来たのか、誠人君とケンカすることも減った。誠人君も放課後は部活で忙しい代わりに、休み時間はよくわたしの教室まで会いに来てくれて、そういう優しい彼の人柄がやっぱり好きだと思った。


 だからゴールデンウィークが終わり、中間テストを目前にした5月の放課後、悠子と美紀とわたし、三人だけの教室でその噂話を聞かされた時も、すぐに嘘だと思った。


「ねえ、緑。まこちゃんと最近会ってる?」


 その噂話は、美紀のそんな言葉から始まった。


「学校で会ってるよ?誠人くん最近忙しいからデートは出来ないけど」

「あのね、緑……」

「美紀、待って」


 いつも明るい美紀が、深刻そうな声色で何か言いかけるけれど、悠子がそれを止めた。高一の時から同じクラスの三人。誠人君と付き合うことになった時も、二人に一番に伝えた。


「二人ともどうしたの?あ!喧嘩だったら最近はしてないよー」


 少し前までケンカばかりだったから、色々心配もしてくれているかもしれない。

 だから暢気に笑いながら答えると、美紀がばっと顔を上げた。

 美人な彼女が何かを堪えるようにきゅっと唇を嚙んでいる。それから「ごめん悠子、美紀は隠し事とか無理だから」そう言った後で、すっと息を吸った。


「まこちゃんが、橘チカと水族館にいたって!」


 美紀が私を見つめながらそれを告げた瞬間、隣に座る悠子は何とも言えない顔で悲しそうに眉を下げた。意味がわからなかった。


「えっと……いつの話?」


 静かな教室にわたしの声だけが響く。


「ゴールデンウィーク」と美紀が答えたから、素早くここ最近の出来事を振り返る。それから安堵の息を吐いて笑みを作る。


「それ、サッカー部のみんなで遊びに行ったときのことだと思うよ?珍しくぬかつ休みだからみんなで水族館行くって言ってたんだ。たまたま橘さんと二人の時に目撃されたんじゃない?」


 橘さんはサッカー部のマネージャーだ。

 部員みんなでよく遊びに行ってるのはわたしも知ってる。


「サッカー部って本当に仲良いよね」


 気にしていない。そう言い聞かせるように笑ったけど、美紀はまた唇を噛んで、何も言ってくれない。だから悠子を見ると、何かを諦めたように口を開いた。


 あ、聞きたくないかも。

 直感的にそう感じた。耳を塞ぎたかった。

 でももう遅かった。


「二人が手を繋いでたのを4組の子が見たって」


 悠子の言葉に、わたしは笑顔を作ることも忘れてしまった。


 気づいていなかった訳ではない。

 でも、気づきたくないとは思っていた。

 だから、気づかせないで欲しかった。



「それだけじゃないよ!あいつら、緑がいるのに浮気してるんだよ!?」

「美紀、落ち着いて」

「落ち着けないよ!許せないもん!橘チカがまこちゃんの家にお泊りしたって仲の良い子に自慢してたんだよ!?最低!しかもサッカー部でも二人のことみんな知ってるって!」


 ダメだ。泣きそう。


「ごめん。今日は帰るね」

「緑、待って」

「今は、聞きたくない」


 それだけ伝えて、わたしは鞄を掴むと急いで教室を出た。

 二人に怒っているわけではない。

 きっと近いうちに知ることで、他人から聞かされるよりは二人から聞けた方がきっと良かったと思う。だって、二人の優しさは伝わってきたから。

 ただわたしが、堪えられなかった。

 教室を出た瞬間に溢れ出した涙を拭うこともなく、ただ俯いて足早に廊下を進んだ。


 好きだった。好きで好きで、今だって好き。

 誠人くんが大好き。

 

 悲しいのか悔しいのかもよくわからない。

 心が痛過ぎてわからない。


 止まらない涙を隠す方法もわからなくて、ただ足を前に進めることしかできなかった。



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