第18話 9月-③ ハル君と里中君(6)
「……絶対に誰にも言わないでよね」
「お前もな」
「わかってるよ」
「あと茉里と仲良いなら協力しろよ。俺もしてやるから」
そうして何だか偉そうな里中君と約束を交わしたその日、互いの連絡先も交換した。まさか何の協力もしないうちに、彼の連絡先がわたしのスマホから消えることになるとは知らぬまま。
◇ ◇ ◇
「誰にも言ってないよ!里中君こそ誰かに喋ってない??」
「言ってねーよ。てか、今日の行動見る限りハルもお前のこと好きなんじゃないの?」
「それなら悩んでないよ」
「俺はわりとあると思うけどな」
教室に戻るために里中君と並んで歩く廊下ですれ違った生徒の中に、カップルは何組いただろうか。わたしたちのように恋心を秘めた生徒も、きっと何人もいるのだろう。
「……でも別にいいんだ。今こうやって仲良くできているだけで充分幸せだもん」
「まあ、その気持ちはわからんでもない」
好きな人に「おはよう」と言ってもらえたり、笑い合ったり、夏休みに顔を合わせたりできるだけでも贅沢だから、それ以上は望み過ぎなのではないかと考えてしまう時がある。
「みどり、おかえり~」
教室に入ると、すぐに気づいた美紀が手を振ってくれるから、急いで駆け寄った。
「購買混んでて遅くなっちゃった」
「おつかれ。里中君も一緒だったんだね」
自分の席に着き、買ってきたばかりのオレンジジュースにストローを刺すわたしに、悠子が意外そうな口ぶりで聞く。確かに夏休みの前までは里中君と二人で話すこともなかったな。だから直後によっしーが口にした問いかけに、わたしはオレンジジュースをのどに詰まらせそうになった。
「もしかして一ノ瀬と夏生って付き合ってるのか??」
わたしと里中君が付き合っている……付き合ってる!?
「ないから!」
「絶対にない!」
慌てて否定した言葉は里中君と重なり、互いに顔を見合わせる。
でもそれが、よっしーの期待を煽ったようで「ほら、息ぴったり!」と突っ込まれた。そしてこうなると、さっきまではよっしーの突拍子もない質問を気にも留めていない様子だった周りの反応も変わってくるから厄介だ。
「たしかに、最近あやしいわね」
「もう、悠子まで変なこと言わないでよ!」
「焦ってる緑がますます可愛い~」
「何、お前ら隠してたのか?」
悠子に続き、美紀や村上君まで明らかに弄っているという表情で話を膨らまそうとしてくる。そんな中、よっしーだけは真剣な顔でわたしたちを見る。
「好きなら好きって言えよな、夏生!」
バシバシとよっしーから勢いよく肩を叩かれる里中君に助けを求めるように見ると、その視線がわたしの前の席の彼に向けられる。さっきから、ハル君の方を見ることができない。
いったいどんな顔でこの話を聞いているのか、確認するのも怖いわたしとは違い、里中君は何を思ったのかにやりと意地の悪い笑みを浮かべると、突然わたしの頭上に手を置いた。
「そういうの、こいつ恥ずかしがるから、あんま揶揄うなよ。なあ、みどり?」
……え?え?里中君?
「まあ、そういうところが可愛いんだけどな」
何言ってるの!?
完全に悪ノリだ。みんなと一緒になって面白がっている。
そうわかっているのに、頬に熱が溜まっていく。
「え?交際宣言!?」
「よっしー、違うから!」
「みどり、顔真っ赤よ」
「悠子も揶揄わないで助けてよー」
「もしかして、お前らもうちゅーとかしてんの?」
「そこは想像にお任せします」
「里中君!」
いい加減にして!と叫ぼうとしたときだった。
熱くなる頬を冷ましたくて、落ちてくる髪を耳にかけようとした指先が、ひんやりとした手に掴まれた。その感触に息を飲んだのが、わたしなのか周りの誰かなのかもわからなくて、ただ驚いて目の前のハル君を見た。視線が重なって、五月蠅いはずの昼休みの教室が、静まり返っている気さえした。
「一ノ瀬さん、保健室行きたい。」
その静寂を破った彼を、わたしは目を丸くして見つめる。
さっきまで視線を向けることもできなかったのに、今は重なった視線を逸らすことができない。
「保、健室?」
「うん。一ノ瀬さん保健委員でしょ?だから着いて来て欲しい」
そういったハル君は「早く」と言って、わたしの手を掴んだまま立ち上がるから、つられて一緒に立ち上がる。
いったい何が起きているのか。急にどうしたのか。
もしかして体調が悪いのかな。
並んで立ったハル君の横顔を見上げるけど、その表情からは何も読み取れない。
それでも私の視線に気づいたハル君は、優しく微笑んでくれる。本当に今日のハル君は様子がおかしい。心配でじっと見つめるしかない私から視線を逸らすと、ハル君はその柔らかな声で「保健室行ってくる」と悠子たちに告げた。
みんながその時どんな顔をしていたのか、確認する余裕はなかった。ただ教室の中を歩き始めたわたしたちの背中に、「俺も保健委員だ!」と思い出して慌てるよっしーの声が聞こえた。
昼休みも終わりに近づく廊下には、さっきよりも生徒が少なくなっている。
「ハル君、体調大丈夫?」
左手を掴まれたまま、隣を歩くクラスメイトに声を掛けると、「大丈夫じゃない」と答えが返ってきた。
それっきり、ハル君は黙ってしまったから、わたしは廊下を進む上履きを見つめるしかなかった。
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