第17話 9月-③ ハル君と里中君(5)
「で、俺のアドレスは無くなりましたと」
昼休み、購買の前で順番待ちをするわたしの隣で里中君がそう言って顔を顰める。
「……えへ?」
「おい、笑って誤魔化せると思うなよ」
「別に誤魔化そうと思っているわけじゃ……」
「だいたいなんで協力してやってる俺が、ハルにキレられないといけなんだよ!?」
不機嫌さを隠すつもりのない里中君に、わたしはただ小さくなるしかない。
結局あの後、わたしとハル君が教室に着いたのは朝のHRギリギリだった。だから今朝どうしてあんな状況になったかを説明する時間もなく、話そうと思った休み時間も運悪く先生に呼ばれたりして、説明出来ないまま昼休みになってしまった。そして購買に向かう途中で、里中君に捕まったのだ。
「わたしにもわかんないよ。ハル君がスマホ持ってどっか行っちゃって、戻ってきたら里中君の連絡先消えてたんだもん」
「マジであいつ性格悪いな」
「そんなことないよ!そもそも里中君まだ何も協力してくれてないでしょ!?」
「は?俺はな、お前と違って忙しんだよ!ねっから年中ハルのこと考えてるお前と違ってな!」
そう悪態をつく里中君こそ性格悪いに決まってる!
「そっちだって
「なっ!お前、それ誰にも言ってねーよな!?」
そう。事の発端はあのボーリングの帰り。
◇ ◇ ◇
「みどり先輩!」
バイトに行くハル君たちを見送り、ハンバーガーショップから駅に向かう途中、わたしは呼ばれたその声に歩みを止めて振り返った。
「茉里ちゃん!」
夏の太陽に負けないくらいの眩しい笑顔で駆け寄ってきたのは、中学の後輩であり、今も同じ高校に通う橋本茉里ちゃんだった。
「すごい偶然ですね!」
「本当に!久しぶりだねー」
いつもニコニコと満面の笑みで話す可愛い後輩との遭遇に盛り上がっていると、少し先を歩いていたはずの里中君が急に背後から顔を出した。
「なんで茉里がいるの?」
「夏生先輩!?先輩こそなんで居るんですか!?」
驚く二人の間で、わたしもまた驚いて二人を見比べる。
だって二人の共通点がわからない。
「部活の後輩」
戸惑うわたしに気づいた里中君がそう答える。
「そうだったの?あ、わたしと里中君は同じクラスなの。今日はクラスの子たちで集まって遊んでたんだ」
「え!じゃあ、青山先輩や坂上先輩も居るんですか!?」
茉里ちゃんがその目をさらに輝かせて、私たちの後ろを見る。
「えっと、ハル君と玲君はさっき帰ったんだけど、茉里ちゃん二人のこと知ってるの?」
「もちろんです!あのお二方はカッコ良くて目立ちますもん!夏生先輩と違って!」
「あーそうですか。悪かったなイケメンじゃなくて」
「本当ですよ。夏生先輩とはいつでも会えるから何のお得感もありません!」
仲が良いのか悪いのか、とにかく茉里ちゃんは相変わらずパワフルだ。それに圧倒されていると、彼女の大きな目が急にわたしを捉えた。
「一応確認ですが、まさか夏生先輩とみどり先輩付き合ってないですよね!?」
本当にまさかな質問に、わたしと里中君は顔を見合わせた後で、我先にと口を開く。
「付き合ってないよ!絶対に!」
「付き合うわけねーだろ、こんなやつと!」
わたしと里中君が同時に答えれば、茉里ちゃんが「良かった〜」と笑う。
「夏生先輩にみどり先輩は勿体無いですからね!先輩は青山先輩か坂上先輩とがお似合いだって、一年の女子でいつも話してるんですよ!」
そんな会話をされていることに驚くあまり言葉を失うわたしの横で、里中君がまた茉里ちゃんに意地悪な文句を言い始める。その様子を見ながら、ふとあることが頭に浮かんだ。
「すみません!長く引き止めてしまって!みどり先輩また遊んでくださいね〜」
そう言って友達の元に戻っていく茉里ちゃんを見送り、わたしと里中君は先を歩いていた悠子たちに走って追いついた。それから駅に着くと、二人でこの後出かけるらしい悠子と村上君と別れ、美紀とよっしーは方向が違うからホームで別れた。
そしてどうやら方向が同じらしい里中君と二人で電車に揺られることとなった。
「……里中君って、茉里ちゃんが好きなんだね」
無言が続く中で、先に話しかけたのはわたしだった。
「は?え……何で?」
明らかに動揺している里中君に「やっぱりそうなんだ」と確信を口にすれば、今日一日意地悪しか言わなかったクラスメイトの顔が赤くなった。
「茉里ちゃん可愛いもんね。里中君はああいう子がタイプなんだね」
こんなにも動揺している里中君が面白くて、ついニヤニヤしてしまう。
「お前、絶対に誰にもいうなよ」
「言わないよ」
「言ったら、お前がハルのこと好きだって本人にバラすからな」
「え!?」
「言っとくけど、お前すっげーわかりやすいから!」
今まで誰にも話したことがない、悠子や美紀にさえ聞かれてもはぐらかしてきたそれを、まさか里中君からこうもハッキリ言われるとは思ってもいなかった。だからつい、秘めておくつもりだったそれを勢い余って認めてしまったのだ。
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