第16話 9月-③ ハル君と里中君(4)
「ごめん。ビックリさせたよね?」
駐輪場の前でようやく自転車から降りることができたわたしに、ハル君は全然反省していなさそうな涼しい顔でそう言った。
「ビックリしたよ!」
恥ずかしさを隠すようにわざと大袈裟に不貞腐れたわたしに、ハル君は「ごめんごめん」と言って笑う。
風に乱された髪を整えて、気持ちを落ち着かせるように頬にかかる髪を耳にかけたとき、鞄の中のスマホが振動していることに気づいた。急いで取り出して画面を見ると、そこに表示された名前にドキドキしていた心臓から熱が冷めていく。
この電話をとったら絶対に文句を言われる!
だから目の前のハル君に、その画面を突き出した。
「ほら!ハル君のせいで里中君から怒りの電話だよー!」
「夏生から?」
「そう!絶対に怒ってるよ!」
罰ゲームのために待っていたみんなを置いてきたのだから当然だ。
何をどう説明すればいいのかもわからず「どうしよう」と呟いたわたしの手から、ハル君が突然スマホを取った。
「え、ハル君?」
「一ノ瀬さんはとんでもないバカだ」
「え、え?どういうこと?」
「そこで待ってて」
さっきまでの笑顔が一気に消えて、不機嫌な顔をしたハル君がわたしのスマホを奪って駐輪場の奥へと歩いて行く。残されたわたしはまたパニックだ。
どうしよう。怒らせちゃった?
でもなんで……ハル君のせいとか言ったから?
生徒の姿はもうほとんどなくて、このままではHRにも遅刻してしまう。いったいどうすればいいのか、その場をくるくる回りながら考えていると、ハル君がスマホ片手に戻って来た。
「ハル君、あの」
「教室行こう」
「え、でも……里中君、怒ってた?」
変わらず不機嫌なハル君の様子を窺うように見る。
「別に……これ、いつから?」
「いつ?」
「あいつの番号」
「里中君?ボーリングの帰りに交換したの。でも電話かかってきたのは初めて。メッセもほとんど来ないし」
「……」
「ハル君?」
「……消した」
そう言ったハル君が、わたしにスマホを差し出す。
「消したって……里中君の連絡先?」
「そう」
「……え、どうして?」
ハル君のまさかの行動に戸惑いながらスマホを受け取ると、その視線が気まずそうに逸らされた。
「いや、なんかあいつ、煩かったから」
「そうなの?」
「うん……勝手にごめん」
別にそれはいいけれど、里中君はいったい何を言ったのだろうか。
考え込むわたしの前に、今度は違うスマホが差し出される。それは紛れもなくハル君のスマホだ。
「代わりに俺のいる?」
「ハル君の連絡先?」
「そう。いらない?」
つまりハル君の連絡先を知れる。交換出来る。
本当は夏休み前に聞きたかったけれどタイミングを逃して、ボーリングの日も聞けないままだった。新学期の目標はハル君と連絡先を交換することだって、自分の心の中だけで思っていた。
「嬉しい。ずっと聞きたかったの」
思わず口にしてしまった本音にわたしが気づくよりも早く、ハル君のその綺麗な目が大きく開いた。だから自分が今何を言ったのか自覚する。
「あの、違うの!ほら、友達だから、誕生日とかにメッセージ送りたいなと思って。あと緊急の連絡とかあるかもだし……本当にそういう友達としてのことで、変な意味はなくて」
どんどん声が小さくなるわたしを、ハル君がどんな顔で見ているのか知るのが怖くなって俯いた。
「一ノ瀬さんはずるいよね」
「……ずるい?」
視線を落としたまま首を傾げたわたしの耳に、違う体温が触れた。
「そういう反応されるとさ、男はみんないじめたくなるんだよ」
耳朶に触れたハル君の指が、耳にかけていたわたしの髪を梳くように下ろす。
心臓が壊れたみたいに急速に動く。
ゆっくりと顔を上げると、酷く甘い笑みに捕まった。
触れられていた耳が、燃えるように熱を上げる。
髪で見えなくて良かった。だって絶対、赤くなっている。
ハル君が好きだと叫ぶみたいに真っ赤に。
「教室行こうか」
そう言って歩き出すハル君の背中を見つめながら、その手で隠された耳朶をきゅっと摘んだ。
ハル君に触れられた耳朶が、熱くて熱くておかしくなりそうだ。
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