9月−② 悠子の企み

第9話  9月-② 悠子の企み(1)

 夏休みが終わり、新学期が始まった最初の金曜日の放課後。

わたしは悠子と美紀と一緒にいつものカラオケに来ていた。


「それで緑はいつ青山君に告白するの?」


 次に歌う曲を選ぶわたしの隣に座っていた悠子が、突然その話題を口にした。もちろんそれは、マイクを手にする美紀の耳にも届くわけで。


「あ!それはミキも聞きたい!今日は3人しかいないんだし、緑の恋バナしよーよ!」


 まだ曲は終わっていないのに、美紀がふざけてマイクをこちらに向けるから、画面には主人を失った歌詞だけが流れていく。


「待ってよ、わたしは別に、ハル君のこと好きじゃないから」


 慌てて答えるわたしに二人が声を揃えて「まだ言ってる」と不満気に言う。その呆れた表情までもがそっくりで、わたしの目線は自然とテーブルの上に水滴の輪を作るグラスに向けられる。


「えっと、格好良いとは思うよ。だけど別に好きとかはないって言うか……」

「そうやって隠してるつもりかもだけど、緑のそれ全然隠せてないよ?」

「むしろあの態度で隠せてると思ってるのが不思議よ。バカなの?」

「隠すとかじゃなくて、本当に友達だから」

「でもいい感じだよねー?」

「緑も緑だけど、青山君もなんなのかしらね。緑のことあれだけ特別扱いしておいて未だに進展なしなんて。見てるこっちが焦ったいのよね」


 悠子が不満そうに、その可愛い顔を顰める。

 だけどそんなこと言われても困る。二人が期待するようなことはないのだから。


「ハル君は確かにすごく優しいけど、それって別に特別扱いとかじゃないから。ハル君はわたしのこと友達だと思ってるよ?だから勝手にそんな風に言っちゃダメだよ」


 ハル君に迷惑かけるようなことはしたくない。


 「それなら」と悠子が言いかけた時、狭い部屋の中に最近人気の女性歌手の曲が流れ始める。わたしはテーブルの上のマイクを手に取ると、勢いよく立ち上がった。


「一ノ瀬緑、歌いまーす!」


 マイクを通して響くわたしの声に、美紀が「逃げたな」と呟いたけど、聞こえないふりをした。二人のことは大好きで一番の友達だと思っている。

 それでも……ううん。大好きな二人だからこそ言えないことがある。だって今それを口にしたら、わたしのこの想いは止めどころを見失ってしまうから。


 「本当に面倒ね」とわたしを見た悠子が呟いて、それから何かを考えるように黙り込んだ。きっと心配をしてくれている。

 一年の時、クラスの女の子たちが“恋の噂話”で盛り上がっていた時に、キャアキャアと騒ぐわたしと美紀とは違い、悠子は興味なさそうに聞いているだけだった。だから後で悠子は恋とか興味ないのかと聞いたら、本人のいないところで勝手に話を進めるのが好きじゃないと彼女は言った。それから「恋はしてる」と宣言して笑った。そんな悠子だから、今だってわたしを揶揄いたくて聞いているわけじゃないことはわかっている。


 だから週が明けた月曜日の朝、彼女が明かした企みは、とても意外なものだった。




「ボーリングの時の罰ゲーム、思いついたんだけど」


朝のHR前の教室のいつもの場所に集まるいつものメンバー。

意味ありげな笑みを浮かべてそう言った悠子に、全員の視線が集まる。


「お前の彼女、性格悪いだろ?」


里中君の失礼な言葉に、村上君は苦笑いを浮かべる。

どうやら彼は先に内容を聞いているようだ。


「罰ゲームは約束だったから、出来ることならやるよ」


そう言う玲君の隣でわたしも頷く。

いったい悠子はどんな罰ゲームを考えたのか、全員が彼女の次の言葉を待っ

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