第8話  8月 ハル君と夏休み(6)

「じゃあ一緒に頼む?」


 昨日まではグループの中でも一番接点が薄かった里中君とは、ボーリングをしている間にすっかり打ち解けてしまい、まるで以前から仲の良い友達だったようにくだらない言い合いをしてしまう。

 だから後ろに立つハル君の存在に気付くのが遅れてしまった。


「一ノ瀬さん、後ろ並んでるから」

「あ、ごめんなさい」

「並んでるってお前だけじゃん。ハル機嫌悪いの?」

「別に。俺この後バイトだから早く食いたいだけ」


 里中君の後ろに立ちそう言うハル君の声は明らかに不機嫌だった。

 わたしは慌てて注文を終わらせると、ハンバーガーの乗ったトレイを手に急いでカウンターを離れた。


 なんで今日はこうなんだろう。

 せっかく夏休みにハル君に会えたのに。

 自販機の前で喋った時はいつも通りだったのに。


 2つのテーブルに分かれてハンバーガーを食べている間も、わたしの気持ちはちっとも浮かなくて、いつもは美味しいテリヤキバーガーも、今日は味がよくわからなかった。


「じゃあ、僕たちはバイトだから。また新学期に」


 ハンバーガーショップを出ると、玲君がみんなにそう言う。

 玲君とハル君は同じバイト先で働いている。つまりハル君も帰ってしまう。


「玲は罰ゲームあること忘れるなよ!」

「わかってるよ。でも村上に考えさせるのは怖いから、松本さんに決めて欲しいかも」


 玲君の言葉にみんなが笑うのに、わたしとハル君だけが笑っていない。


「緑ちゃん、負けたこと気にしないでね」


 黙っているわたしに玲君がそう声をかけるから、急いで笑顔を作って「ありがとう」と伝える。しっかりしろ、自分。みんなに変な気を遣わせたいわけじゃないんだから、ちゃんと明るくしてないと。


「玲君もハル君もバイト頑張ってね」


 精一杯の笑顔でそう伝えると、それまで一人黙っていたハル君がわたしの前に歩いてきた。


「ハル君、どうしたの?」


 わたしだけじゃなくて、その場の全員が不思議そうにハル君を見たけれど、直後によっしーがスマホを忘れたと言ってハンバーガーショップに駆け込むから、みんなの視線はそっちに移り笑い声が上がる。


 だからわたしだけがハル君を見ていて、ハル君だけがわたしを見ていた。


 また怒られる?

 咄嗟に視線を外して下を向くと、今までにないくらいにハル君を近くに感じた。きっと今顔を上げたら、互いの肌が触れ合う距離。右の耳朶に、ハル君の声が触れた。


「その服、可愛くて似合ってる」


「……え、」


 気配が離れるのにつられて顔を上げる。

 耳が、顔が、身体中が熱い。


「朝からずっと言いたかったけど言えてなかったから」

「ありがとう……えっと、すごく嬉しい」

「今日、一ノ瀬さんに会えて良かった」


 そう言ったハル君の顔は優しくて、さっきまでの不安が消えていくのがわかる。


「気をつけて帰ってね」

「うん。ハル君も、バイト頑張って」


 さっきも伝えた「頑張って」に、今度は嬉しそうな笑顔が返ってきた。


 夏休みのたった一日。

 雨はいつの間にか止んでいて、この夏一番の暑さになった。



 ハル君の優しさは危険だ。

 わたしの肌を焦がす太陽のように、わたしの中のすべてを奪おうとする。


 わたしをこの恋にとどまらせる。



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